新撰淡海木間攫 其の六十一 「生命の徴─滋賀と「アール・ブリュット」」について
滋賀県立近代美術館学芸員 渡辺亜由美
滋賀県の福祉施設では、戦後間もない1948年から粘土による造形活動が行われていました。その活動は、障害のある子どもたちの教育的な営みとして、かつ職業訓練の場として、1946年に設立された近江学園(現:滋賀県立近江学園)でいち早く始まりました。粘土による製品づくりを推進する取り組みは、その後信楽寮(現:滋賀県立信楽学園)で生産された「汽車土瓶」(図1)へとつながっていきます。月に2万個の注文を得ていた汽車土瓶の大ヒットは、自分たちの仕事がさまざまな人の役に立っているということを強く実感できる取り組みでもあったのです。
こうした製品づくりとともに、知的障害児たちの手による豊かな表現を守り・育む中でひろがった自由な造形活動も、滋賀の福祉施設の大きな財産です。粘土や絵画などの創造性溢れる活動は、自発的な成長を信じ、一方的な指導を行わないという温かな眼差しの中で行われてきました。そして、90年代以降、福祉施設で生まれた作品の一部がローザンヌのアール・ブリュットコレクションなどの国外の美術館でも紹介されるまでとなり、今日大きな注目を集めています。その中では、荒々しさと繊細さが共存する伊藤喜彦さんの「鬼の顔」(図2)、無数のトゲで覆われ愛嬌のある顔のついた澤田真一さんの作品(図3)などの粘土造形の他、ブルーの色が織り成す萩野トヨさんの刺繍作品(図4)など、滋賀の歴史ある土壌から誕生した豊かな作品たちも多数紹介されました。
こうした独特の歴史を持つ滋賀県の福祉施設の造形活動の取り組みを中心にご覧いただける展覧会が、滋賀県立近代美術館で10月3日(土)から始まる「生命の徴─滋賀と「アール・ブリュット」」展です。本展ではその先進的な取り組みがどのように継承され、展開してきたのかを県外や国外の作品も含めた約150点の作品を通じてご覧いただきます。
表現という可能性を知り、それによって広がった作り手たちの世界─。本展が、彼らの生命の徴である数々の作品とその魅力に出会う、すばらしい機会となれば幸いです。