新撰 淡海木間攫

新撰淡海木間攫 其の六十九 ヒトエグモ Plator nipponicus (Kishida, 1914) クモ目ヒトエグモ科 

甲賀市みなくち子どもの森自然館 河瀬直幹

ヒトエグモ

重ねた植木鉢の内側に潜むヒトエグモ雄 (2017年3月、大津市、清水良篤氏撮影)

 ヒトエグモは、頭部先端から腹部後端までが5~8㎜(脚を含めた横幅は約20㎜)と小型のクモ類です。しかし、その特異な形態と、生態の謎から、日本のクモ関係者の間で注目されています。
 まず、ヒトエグモの体形は、クモ類で最も扁平と言われており、厚さが1㎜に満たない体です。「ヒトエ」は“単衣=裏地がない薄い和服”に由来します。この体で、屋外の石垣や土塀の狭い隙間に潜んだり、家屋内では本の間から発見されたりして驚かれます。人に見つかっても、完璧に平たい姿勢のまま、ゆっくり横歩きで逃げる様子は本当に奇妙です。
 つぎに生態ですが、非常に稀なクモで、既知のほとんどの記録は京都府と大阪府の旧市街地で、単発的なものでした。しかも寺社や古民家の家屋周辺にのみ発見され、野外の森林などで見つからないことが謎を深めます。このため、日本蜘蛛学会元会長の吉田真氏は、ヒトエグモが韓国各地に分布することから、古い時代に朝鮮半島から渡来した荷物に潜んで、京都や大阪の市街地に侵入した外来種でないか!?との仮説を提起しています。
 このヒトエグモの1雄が、2017年1月、甲賀市水口町京町の民家で古本を整理中の男性により発見され、みなくち子どもの森自然館に届けられました。“極めて珍しいクモ発見”のニュースが広がると、滋賀県内の長浜市、近江八幡市、大津市、甲賀市から予想を上回る新情報が届きました。そのうち、長浜市尊勝寺町と大津市札の辻のお寺からは、各1雄の標本が得られ、滋賀県内における分布が明白となりました。また同年、関西クモ研究会の藤野義人氏により京都市街のヒトエグモ生息分布調査の結果が会誌に掲載され、市街広域の寺社の石垣や物置等から多数記録が報告されました。
 以上のとおり、これまでクモ研究者が家屋を積極的に調査しなかったために稀だったようです。古くからの市街地がある京都や滋賀には、このクモが確実に生息しています。意外に身近かもしれないヒトエグモに、ちょっと注目してみては?

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