新撰淡海木間攫 其の八十四 小倉遊亀《磨針峠》
滋賀県立美術館 学芸員 田野葉月
本作は二曲一双屛風です。日本美術の形式である屛風や巻子は、右から左に向けて鑑賞するのに合わせたストーリー展開がなされることが多いです。まず右端に立つ青年僧を見ると、昼なお暗い山道を足早に登ってきたところでしょう。すると視線の先、画面の左に後光に包まれて斧を研ぐ老婆が現れます。何事かと問うと、縫針を折ったため斧から一本の針を磨き出そうとしているところと答えます。気の遠くなる行為に比べて自らの怠惰を恥じた僧は、修行の継続を決意して都へ引き返しました。老婆は観音の化身でした。この伝説は彦根市を通る中山道の峠に伝わります。
右隻と左隻を比較してみましょう。動と静、陰と光、幼と長、迷いと悟りが対照的に描き分けられています。師匠の安田靫彦が僧の裳裾をほめた理由は、その動きが心の迷いを表すかのように乱れているからでしょう。右隻は過去を否定した混沌の境地、左隻は小さな歩みでも着実に前進してゆくという明瞭で安定した希望が感じられます。見つめ合った二人の視線が屛風の境で出会うことで、より対照的な要素を強調しています。
画家は毎日の精神修養を積み重ねることで制作態度を前進しようとする決意を、象徴的に表したと考えられます。敗戦後の混乱期に日本画に向き合い、不退転の決意を固めた画家の姿が青年僧に重なります。本作は院展に出品した代表的作品で、題材は小倉遊亀には珍しい歴史画です。本作を1947(昭和22)年に描いてほどなく、1950年代には画風を一変することから、画家の転換点にある作品と言えます。