2006年 4月 22日

書協の文化講演会

明日4月22日は京都商工会議所で「文化講演会」が開催されます。

冷泉貴実子さんの端午の節句のお話と、小和田哲男先生の
「山内一豊・千代と京都」のお話。

入場無料だけど要予約でたぶん満席かも……。

来場者には会員版元の本のプレゼントもあるのです。
で、明日はそのお手伝いに行きます。

2006年 4月 14日

16年ぶりのお手紙

今日届いた1通の手紙。それは平成2年に『舌華』という自分史を
出された方からでした。私が担当だったので、まずお名前を見て、
思わず「わー久し振り!」とうれしくなりました。

ご用件は、本を何冊作っていくらかかったかということで、
資料ファイルを取り出したところ、お客さまからいただいた
おはがきや手紙も残していました。小さい頃から手紙を書くのが
嫌いでなかった私は、お問合せをいただいた方にセッセと
お手紙を出していたのでした。

年を経て読み返し、また笑えてきたので、少し抜き書きしてみます。
「…文学語学に造詣の深い、年は四十五歳を過ぎながら二十代の若い
気持ちが少しも変わっていない方と私は想像します。」
 (私の年齢当てですが、当時は三十代半ばでした)

「それで美人かと言うと、天は二物を与えずで多分美人ではないだろうと
思うのですがいかがでしょう。やはり美人が良ければそう思ってさしあげます」
 (最近の若い子を見ると二物を与えているではないかと思うこの頃)

そしても最後に
「さて、私をどう御想像なさいますか。光源氏の頭が禿げで、業平の顔に
皺が寄って、桃太郎が入れ歯をしたような美男と思って下さい」

なんとまあ、このすごいたとえ!!まさに想像を絶します。

前回本を作られたのは60代後半だったので、もう80歳を越えておられる
ようです。また、楽しいお手紙が届くことを心待ちにしています。

2006年 4月 4日

隣りの番場のこと

鳥居本の次の宿場は米原市番場。山あいの宿場で、
近江の中山道では、規模は一番小さかったのではと思う。
それでも、この地区に住んでいる人々はどうしてあんなに
団結力があるのだろうと、びっくりする。

先週、『番場ふるさとの昔話』が出来上がったので、
公民館に届けにいったのだが、
とにかく地区総出のイベントの多いこと!!
地区の行事の様子を写真とコメントを添えて、
いっぱい公民館に掲示していた。

今回の本も、高齢者から子供までが読める郷土の
話をということで、作られたのである。

昨年、国の史跡になった標高384mの鎌刃城跡では、
茶会まで開かれている。

おそらく街道歩きをしている人たちから見れば、
何もこれといったものがない宿場と思われているだろうが、
ところがドッコイ、
熱気あふれる多くの人が住んでいる
番場宿です。

2006年 3月 30日

日本生態学会とさくま書店さん

「日本生態学会」の大会は約3000人の参加があり、
いつもここで本や機材を販売している方があると聞きつけ、
「さくま書店」さんに巡り合った。

会場で委託販売をお願いしたい本のリストを送ると、
「えらく安いね」と言われた。
そうです。その分サンライズは利益が出ずに四苦八苦してます。

それはさておき、今日、さくま書店さんから取り合えずの
ご報告の電話があった。4月末まで注文受付をしてくださるそうなので、
集計はそれからになるという。

でも、こうして普段本屋さんではなかなか見ることのできない
希少種的サンライズの本が、学会参加者の目にチラッと触れた
だけでも良かったと思う。

佐久間さん、またよろしくお願いします。

2006年 3月 22日

吹奏楽に情熱を傾けた先生

1月に自費出版の問い合わせメールが届きました。
ご自身がクラブ活動と学校の行事として関わって来られた
音楽に関する本を作りたいというお話でした。

パソコンで原稿を作っているからということで、
「とりあえず数頁だけでも送ってもらえますか?」
とお願いしたら、冒頭は驚くような内容が……。

実はクラス対抗の音楽コンクールを開こうと先生が
申し出たとき、すでに学校はエスケープ生徒が
うろうろしている状態だったという話から始まっていました。

でも先生はそんな子供たちにも果敢に挑戦し、
チームワークで成し遂げる合唱コンクールに取り組んだのです。

昨日、製本のF君が綴じを終わった本を、化粧断ちとカバー巻きの
ヘルプをして出来上がりました。

『音楽がつなぐ生徒の輪』
中学校吹奏楽滋賀県大会では金賞受賞、関西・西日本大会に
常連の野洲北中学校の藤池和子先生の著書です。

チームプレイのすごいことは昨日のWBCでもわかったことですが、
一人より二人、それよりもっと多くの力が結集すれば、
素晴らしいものが出来るということを語っておられます。

明日、先生のお手元に本が届きます。

2006年 3月 21日

米山先生と十津川の思い出

米山俊直さんの訃報が新聞に掲載されていた。
大学のとき『過疎社会』という本を読み、卒論は
過疎と通学問題にしたから、直接は知らなくても
私にとっては先生である。

20代、その本に書かれていた奈良の山間部を
訪れたくなり、十津川温泉(湯泉地温泉)へ行った。
自転車を借りて周辺散策をしていたときのことだ。
時計が止まってしまい、困っていたとき、軒先に
「時計修理」の手書き看板を見つけた。
若い頃時計屋で修業し、普段は木こりをしているという
おじさんが裸電球の下で直して下さった。

「どこから来た?」と聞かれたので、
「滋賀県です」と言ったら、
「ふうん、どっかで聞いたようやが、どこにあるんかなあ」

おじさんは、きっと県外へ出たことのない人だったんだろう。
修理代は確か100円くらいだった。
帰りにダイズや干しシイタケをいただいた。

どうも旅の思い出というのは、こういった土地の人との
ふれあいが印象に残っている。

2006年 2月 11日

外堀と中堀

読者の方から、埋木舎の前の堀は「外堀」でなく「中堀」と違いましたかと
お問い合わせをいただいた。
確かにそうです。正しくは「中堀」だったのです。

「だったのです」というのは、外堀が埋め立てられた結果、いつの間にやら
中堀を外堀と通称しているのは、私たち彦根市民のようです。

他に名称で悩むのは「湖岸道路」と「湖周道路」。
本当はあれは道路ではなく、琵琶湖の堤「湖岸堤」であるとか……。
道路標識を見るとどちらも書かれていたりして、どちらもありみたいです。

もっとあります。
「米原(まいはら)市」と「米原(まいばら)駅」
「木之本町」と「木ノ本駅」

地図を作るときに悩んだのは、信号の上の標識で、
東西と南北で標識名が違うところが、長浜にありました。
恐らく、道路の管轄が国道と県道で違うためだったと
思うのですが、どこの信号だったか失念しました。

2006年 1月 29日

国際シンポにうぉーたんとタガベェが!

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国際湿地再生シンポジウム2日目は「こども湿地交流会」があるということで、
湖国21世紀記念事業のときに生まれたキャラ・うぉーたんと一緒に
今、琵琶湖博物館で開催中の「ため池探検」のキャラ・タガベェの着ぐるみが
会場にきていました。
タガベェをデザインしたのは、あの安斎肇さんというのは、キシダ式
紹介されていましたが、タガベェはずいぶん人気があるとのこと。
ウォータンみたいにぬいぐるみはないのかなあ?

農村振興課の役職の方もワッペンつけて歩いておられました。
実は今回のシンポにタガベェの「ため池探検」は協賛しているからなのですが、
でもあの○○さん、似合っていたなあ…。

それはさておき、2日間の本の販売はなんと売上予測の2倍!!
ご参加のみな様、ありがとうございました。
そして、水政課を始め、県のみな様ありがとうございました。

2006年 1月 18日

鎌刃城の本

ちょうど1年前、鎌刃城のシンポジウムがあり、本を作る話に
なっていたのですが、ようやく原稿が揃いました。
中世の山城と言えば……の米原市のN課長さん、なかなか
力の入った原稿を書いていただきました。
実は先週に進捗状況を電話で尋ねたときの声がはずんで
いたので、7割はOKね、と思いつつも、やはり原稿を
お預かりしないと心配でした。ありがとうございます。

……あのー、佐和山城の方もどうかよろしく。

2005年 12月 15日

中島健造さんがNHK610に出演

今夜のNHKのテレビで、以前『しゃれ道楽人生』を自費出版された中島さんが出演。

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この本の校正に来られたとき、一度私も応対したのですが、ご本人は
真剣にしゃれを考えておられるので、こちらもケラケラ笑うことなどなく、
真面目に「はい、わかりました」と訂正箇所やら、変更箇所を淡々と
伺っていました。

7月に開催された自費出版フェスティバルでも、壇上で本やかるたの紹介を
されました。

中島さんIMG6_0055.jpg

今日の話題は『しゃれかるた』の取材で、相変わらず中島さんは真面目に
しゃれを考え、詠んでおられました。

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『しゃれかるた』や『しゃれ道楽人生』は一般書店では販売しておりません。
サンライズオンラインショップからも注文できますが、彦根近辺の人なら、
直接中島さんに電話するという方法がよいかもしれませんね。
なぜなら、この作品もさることながら、とても純粋にしゃれを四六時中考えて
おられる作者と出会えるかもしれませんから。

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