水族展示リニューアルについて古代湖としての琵琶湖にすむ生き物と私たち人の暮らしとの関わりについて 感じてもらえるような展示を目指しました。滋賀県立琵琶湖博物館 総括学芸員 桑原雅之さん

ビジョンから基本計画へ

──水族展示のリニューアルについて、経緯をお話いただけますか。

桑原 2013年に今回の水族とC展示室だけでなく館全体のリニューアルの方向を示すビジョンを作成し、2014年に基本計画の作成という段階に進み、そこから、水族は私が、C展示室は亀田が総括というかたちで関わるようになりました。

 水族の場合、ビジョンの段階で、「人との関わりを表に出す」といった大枠は決まっていたのですが、より具体的に検討していくと、その生き物が飼えるか、飼えないかという問題があるんです。ビジョンでは、展示の構成のおもしろさを優先して生き物を選んでいた面があって。

──例えば、何が飼えないのですか。

桑原 難しいのは、例えば、甲殻類ですね。スジエビ、テナガエビ、ヨコエビなどは長期間の飼育は難しいんです。開館から20年、エサや設備の改良などの工夫でいろいろな生き物が飼えるようになりましたが。

──絶滅危惧種の魚などが難しいわけでもないのですか。

桑原 飼うだけなら比較的飼いやすいものが多いんです。どこにでもいるような魚、珍しくもないと思われているやつが、意外と飼えないんです。さっき言ったスジエビなんかは、そうです。

──大豆と炊いたエビ豆は滋賀の郷土料理ですが、スジエビは飼育できないのですか。

桑原 そうなんです。20年かかって、まだうまくいっていないものを、計画から2年で実現するのはちょっと無理だろうということで、その辺を修正していったという流れですね。

バイカル湖の魚やヨコエビ類はすべて国内初

──[1]「琵琶湖の生き物とその環境」はトンネル水槽もふくみますね。

桑原 C展示室は展示物をそっくり除いて、新たにつくり直すことができたのですが、水族展示の場合、大型の水槽は固定ですから、配置はそのままが大前提でした。

 トンネル水槽は、岩場を表現した擬岩がだいぶ傷んできたので取り去り、濃いブルーの沖合のイメージにしました。一番大きな変更点は、以前は自然水温だったものを水温調節ができるようにしたことです。これは沖合の低水温域にすむビワマスを泳がせるためです。

琵琶湖特産の魚介類と料理が並ぶ「川魚屋 魚滋」

──次の[2]「「琵琶湖の生き物と人の暮らし」は、大きく変わった印象があります。高島市にある実際の魚屋さんの店頭が再現されていて、ふなずしの匂いがかげるコーナーがあったり。

桑原 そうした「食べる」という視点からの展示と、もう一つ、力を入れた展示があります。外来種としてのブラックバスやブルーギルは誰もが知る存在になったので、近年ようやくスポットがあたるようになった国内外来魚について紹介している部分です。

 琵琶湖のワカサギは10年余り前から急に増え出し、アユの稚魚に混ざって獲れるので漁師さんから嫌われていたんです。ところが、近年、アユの漁獲減少が続くと、食べておいしく、比較的高値で売れるワカサギが漁獲対象として重要になってきています。とても皮肉な状況ですよね。

 オヤニラミは、京都府の由良川から西にすんでいて、環境省のレッドリストに載っている絶滅危惧種です。本来、保護すべき魚なのですが、誰かが滋賀県で放流して定着してしまったために、滋賀県では指定外来種、つまり駆除の対象になってしまっています。これまた皮肉な状況です。

──次の[3]「「川の生き物とその環境」の見所は、新たに登場したカットリ簗ですね。

桑原 カットリ簗は、高島市の安曇川などの河口付近に簀を張り、遡上してくる魚を獲る伝統的な漁法です。水槽の中の魚に動きをつけたいという意見が出たので、これを再現することにしました。ただ、この水槽では季節に合わせて、下流域での魚の生き様を展示したいと考えています。ですので、簗の期間は4月から7月ぐらいまでとし、秋以降は産卵するアユやビワマスの姿を見ることができる場にする予定です。

[上]バイカル湖(ロシア)のヨコエビ類(琵琶湖博物館提供)/[下]バイカル湖にすむバイカルアザラシ

──いくつか飛ばして、[6]「「古代湖の世界」。バイカルアザラシについては別ページで大島さんにお話をうかがっています。

桑原 バイカル湖は3000万年の歴史がある世界最古の古代湖で、同じ古代湖である琵琶湖よりもはるかに長い歴史をもっています。

──国内初飼育の魚もいるのでは。

桑原 全部が初です。バイカル湖の魚、ヨコエビ類は、日本のあちこちに標本展示はあるのですが、生きた姿を展示したのは、1997年に当館が開催した「古代湖の世界」展がおそらく国内唯一で、海外でもほぼないと言ってよいと思います。

 比較の意味で、アフリカ大地溝帯に形成されたタンガニーカ湖とマラウィ湖、それにヴィクトリア湖という3つの古代湖も紹介しています。特に、タンガニーカ湖とマラウィ湖は比較的距離が近いのですが、それぞれの湖ですんでる魚の雰囲気が異なるところを見ていただければと思います。

──それぞれで独自に進化したのですね。

桑原 ヴィクトリア湖は、1980年代に食用魚のナイルパーチを放流したところ、もともと400種類もいた固有種が半分ぐらいに減少してしまったという、琵琶湖と似たような問題をかかえています。バイカル湖もふくめて、琵琶湖との対比はとてもおもしろいので、パネルなどの解説をじっくり読んでもらえるとありがたいですね。カットリ簗の展示と並んで、「古代湖の世界」は、私としては一番力が入っています。

[上]ミジンコ類の中で最大種であるノロミジンコの巨大オブジェ(全長2.5m)/[下]マイクロワールドシアター

──またいくつか飛ばして、最後が、[9]「「マイクロアクアリウム」。

桑原 琵琶湖の生態系を底辺で支える、プランクトンなどの小さな生き物に焦点を当てた展示です。成安造形大学(大津市)の協力も得たノロミジンコの巨大なオブジェが最初にどんと出てきます。肉眼では見えない生き物たちなので、顕微鏡やモニターなど、見せ方がいろいろ工夫されています。

──マイクロワールドシアターは、腰を下ろすと見続けてしまいます。単純な動きをするだけなのですが、あきません。

桑原 最近、各地の水族館でクラゲの水槽がずいぶん人気ですが、あれに近いかもしれません。変わった形の生き物が、特別何かするわけでもなく、一定のリズムで動いていると、なんとなく癒やされる。そんな感覚かなと思います。

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