インタビュー2:ふだんはあまり意識しない光、水、木などが、すごく特別なものに見えてくるんですね。 近江商人博物館・中路融人記念館 学芸員 福井 瞳さん

絵の中に広がっている一つの世界

──新卒で学芸員になられて、最初の館として、中路融人記念館に来られたところなんですね。

福井 そうなんです。本当に1年目なんです。大学では、日本美術史の専攻ではありましたが、専門は漆の関係です。工芸品の意匠や文様などを研究していたので、絵画が専門というわけではないんです。

──日本画の系統としては、岸竹堂※5から連なる写生を重視する……といった中路作品の歴史的な位置づけの部分はとばして、その特徴をお聞きしましょうか。

福井 私の主観が中心になってしまうかと思うんですけど、特に光や水、あと木立ちなどを注目して見ていただきたいなと思います。

 中路先生の作品を見ていると、ふだんはあまり意識しない光、水、木などが、すごく特別なものに見えてくるんですね。確かにそこにあるんだなと、改めて気づかされるような表現をなさっているなと思います。

 例えば光源である太陽や月でも、ぼやっと、輪郭がさだかでないような描き方なのですが、もしそうでなかったら、まったく違った雰囲気になると思います。遠景の部分をずっと見つめていると、その絵の中に入り込めるぐらいの一つの世界がそこに広がっているなと感じるんですね。

──好きな作品をあげていただけますか。

福井 色が一番好きなのは、《滛光》という作品ですね。このピンク色の絵を初めて見たとき、「うわぁー」と感動しました。水面に映っている光がとても幻想的に見えて。実際にある琵琶湖畔の風景をもとに描かれているのですが、この色を使われると別の世界みたいで、私は心の中で自分だけの作品として楽しんでいます。

 あとはやはり、左手だけで描かれたというエピソードもふくめて《気》も強く印象に残る作品です。中路先生の絵にかける思いがよく伝わるエピソードですし、木の緑も美しく、画としても好きです。

──これも苗の列が並ぶ田んぼの水面に、ぼやぁと太陽の光が反射していて。

福井 そうですね。私は光線の反射が好きなんだと思いますね。

──なるほど。それは一般的な日本画にはない中路作品の特徴でもありますね。

福井 はい。ただし、目に刺さるような強い光ではありません。中路先生は、日本の特色は湿度の高さだとおっしゃっていて、水と空気が醸し出す繊細な感じを求めておられるように思います。


※5/span> 岸竹堂 (1826〜1897)日本画家。彦根生まれ。明治初期に西洋画の技法を積極的に取り込み、《大津唐崎》などの作品を生む。竹堂に師事した西村五雲(1877〜1938)、五雲に師事した山口華楊(1899〜1984)、華楊に師事した中路融人と、いずれも徹底した写生にこだわる流派とされている。


胸にしっくりくる作品に関するお話

──来館者の方の反応はいかがですか。

福井 開館前日の4月16日に行われた特別無料観覧会の時にお聞きした感想としては、制作当時の風景、榛の木などを実際に見ていた世代の方から、「こんな景色、確かにあったな。懐かしいな」といった感想が多かったですね。それから作品の現物を近くで見ると、岩絵具の細かい粒が光に反射してきらきらしているのがわかるので、それが「きれいだな」とおっしゃる方もおられました。

──福井さんご自身は、榛の木のある風景などは見たことがない世代ですね。

琵琶湖畔で写生する中路さん

琵琶湖畔で写生する中路さん(2016年2月撮影)


福井 私は見たことがないんです。懐かしいというよりも、こんなきれいな景色があったんだなという印象ですね。
 逆に当時としては、ありふれた普通の景色で、目を向ける人は少なかっただろうと思います。それがいまになって特別な風景として意識される、絵の中だけに閉じ込められていることも、作品の価値の一つになっているんじゃないかと思います。

 それから、展示室内に置かれたモニターでくり返し流している中路先生の制作風景の映像も、来館者の皆さんは熱心にご覧になっていますね。湖北の琵琶湖畔で実際にデッサンなさっているようすも見ていただけます。30分の映像なのですが、「2周観ました。感動しました」とおっしゃる方もいて。制作にあたっての考え、絵に対する思いも語っておられるこの映像を見てから、作品に接すると、より理解が深まると思います。

──中路先生ご本人は、お会いになるとどんな方ですか。

福井 とても親しみやすい方です。4月29日に行ったギャラリートークにもご来館いただいたのですが、写生について、「ただ対象を写すというより、風景との距離感を縮めること。そうすると向こうも応えてくれる」とおっしゃったり、そのとおりだなと思える、胸にしっくりくる説明をしていただけます。

 学生時代は、どこの工房でつくられたのかもわからない漆塗りの古い作品を研究対象としてきたのですが、作品から制作者の意図するものを読み取ろうとしても、あくまで推理でしかない。そこに苦労した覚えがあるので、第一線で活躍中の作者からお話を直接聞けるというのは、とても楽しいですね。これからもどんどん、先生の作品に対する思いを聞いていきたいと思っています。

中路融人

日本画家 中路融人

(1933〜)京都市生まれ。京都市立日吉ヶ丘高等学校美術科卒業後、晨鳥社に入塾し、山口華楊に師事。
1956年、《残照》が日展に初入選。1975年、第7回日展特選 
日本芸術院会員 文化功労者
東近江市名誉市民

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