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 滋賀県顔出し看板シンポジウム
2007年3月25日(日) 午後2時~5時
滋賀会館4階文化実習教室にて
滋賀県顔出し看板展覧会
2007年3月18日(日)~25日(日)
県内顔出し看板特撰13点特別展示(ギャラリー+館内一帯)
県内顔出し看板一覧50選パネル展(ギャラリー)
滋賀県顔出し看板コンクール応募作品全564点を展示(ギャラリー)

主催 滋賀県「顔出し看板」発掘再生新規開発委員会(略称しがんい)
共催 近江歴史回廊推進協議会・(財)滋賀県文化振興事業団
後援 滋賀県広告美術協同組合
※平成18年度滋賀県県民文化活動チャレンジ企画補助金助成事業


『顔出し看板大全カオダス まちのキャラクター金太郎から「ひこにゃん」まで』の出版を記念して、「顔出し看板展覧会+シンポジウム」が大津市で開かれました。近藤隆二郎准教授による基調講演に引き続き、顔出し看板を使ったまちづくりについて関係者が語り合ったパネルトークのもようを紹介します。


滋賀県顔出し看板展覧会+シンポジウム
パネルトーク
顔出し看板を使ったまちづくり


[司会]
しがんい委員長
樋口幸永さん

滋賀県立大学環境科学部准教授
しがんい監事
近藤隆二郎さん

バード・デザインハウス
代表
鳥山大樹さん

北近江一豊・千代博覧会
運営委員会元委員
設楽昌克さん

きんたろう会
会長
北村与作さん

世界凧博物館
八日市大凧会館学芸員
鳥居勝久さん

地域の歴史と風土を重ね合わせて

樋口 顔出し看板には、地域にあるものを使ってまちづくりに活かそうという思いも込められていると思うのですが、皆さんと顔出し看板との関わりをお聞かせください。

大凧まつり鳥居 看板を設置したのは旧八日市市が市制50周年を迎えた2004年。大凧まつり実行委員会で記念品をつくり、50市町村の連凧を揚げ、そして顔出し看板をつ くったのです。オーナー募集の案内が届いた翌日に電話をかけました。「1万円の補助が出ます」というのにだまされました(笑)。実際には一番高い看板をつ くりました。最初は穴がひとつだったのですが、ペアで顔出しできるよう、ふたつ開けてもらいました。

北村 長浜市西黒田地区は市の南端にあり、旧山東町と旧近江町に隣接しています。「きんたろう会」は、1999 年に金太郎伝説を活かしたまちづくりをしようと立ち上げたものです。実は地元でも金太郎についてあまり知られておらず、郷土史会の会員さんが知っている程 度でしたので、浸透させるのに相当エネルギーが要りましたね。メンバーは現在 43名ですが、実際に活動する者が少ないのが悩みの種です。
95kinta.jpg 主な事業として、地区名の入った手づくりの看板を立てたり、足柄神社で子ども相撲を開催しています。毎年100名近い参加者があり、遠くから来られる方も あります。2002年には金太郎伝説が残る全国23カ所に声をかけ「全国金太郎ファミリーの会」を開催しました。各地から300名以上もの参加があり、地 元の手料理でもてなしました。これ以降他の地域では開催されていないのが残念です。昨年は金太郎伝説の残る地域に研修に行きました。
顔出し看板についでですが、清水昭藏前会長が絵心のある方で、ご自身のデザインをコンクールに応募されました。ふつう金太郎というと、おかっぱ頭が多いのですが、西黒田の金太郎は髪を振り乱した力強いイメージです。
通常は公民館前に設置しており、運動会や相撲大会などのイベント時には移動しています。ただ、集まるのは地元の方ばかりなので、一度顔を出してしまえばおしまいという気もしますが、啓発という意味はあると思っています。

設楽 昨年、大河ドラマ「功名が辻」に合わせて長浜など湖北一帯で開催された「北近江一豊・千代博覧会」の運営委員会に、ドラマツアーやバスシステムの部会がありました。地元ボランティアガイドが案内するドラマツアーは人気があり、参加人数もうなぎ登りでした。
しかし、個人で参加する方はなかなかシャトルバスを利用されない。そこで回遊してもらう仕掛けとして顔出し看板を思いつき、ドラマを見て来られたお客様 が歴史と風土を重ね合わせて感じていただけるよう取り組みました。デザインはリアルな感じで、印象的なシーンをワンカットずつ看板に仕立てました。運営委 員会はいろんな方がいらっしゃって戦略的に観光を練っているので、顔出し看板は最初バカにされまして(笑)。ダメ出しがあったのですが、すでに看板をつく りはじめていたので仕方なくOKがでました。しかし、設置してみると非常に反響があり、観光客だけではなく、地元の若い方々がプリクラ風に撮ったりしてい ました。バス停ごとに1枚ずつ置きたかったのですが、最終的には6枚でした。ただ、私たち以外にも独自につくられましたので、一豊関連の看板は湖北で合計 11枚になりました。博覧会終了後も設置されているものは少ないのですが、今後もいろんなイベントでこのノウハウを活かしていければと思っています。

▼「一豊・千代ドラマツアー」の各ポイントに設置された顔出し看板。順に回ると、夫婦の出世物語に(米原市、長浜市、虎姫町、木之本町)
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鳥山 大阪でデザインを生業にしています。滋賀県とのおつきあいとしては、長浜市の北国街道の観光計画や、旧山 東町のロゴ、栗東市のロゴをお手伝いさせていただきました。デザイナーとして顔出し看板をつくったり、まちづくりの仕掛けを考えたりして行政のお手伝いを しているんですが、今日のお話はその両輪でお聞きしていました。
いま私が関わっている「尼崎21世紀の森づくり」は、臨海部の都市再生という意味で、県と市とNPO的な団体が「森」という名のまちづくりをしようとし ています。そのスタッフの中に顔出し看板の熱狂的なファンがいまして、彼に「顔出しの魅力は何や」と聞いてみましたら、熱く語るのですね。21世紀の森の ときも、どんぐりの顔出し看板をつくったのですが、穴を開けるときに、小さくするのがいいのか、ゆったりしたのがいいのかでも悩んだりもしました。
顔出し看板が急増した70年代には、ポケットカメラの普及が背景にあり、いまはカメラ付きケータイで気軽に写したいものが撮れます。それに合った若い感覚のものが増えれば、顔出し看板は、さらにおもしろくなるのではないかと思います。

リピーターを増やすには、思い出づくりのアイテムを

樋口 近藤先生は、講演がきっかけで、実際に顔出し看板をつくったわけですが。

近藤 2005年の公開講座に参加された道の駅近江母の郷の駅長さんから「一豊と千代の看板をつくってほしい」 と、電話がかかってきました。私は看板屋ではないのですが(笑)、学生に制作を命じました。ところが20歳そこそこの学生は顔出し看板自体をあまり知らな いんですね。そこで手探りでつくっていったわけです。母の郷に原画を持っていったら「馬を大きくしてくれ」と。しかし、馬を大きくすると巨大な看板になっ てしまいます。看板は強度が必要なので、大きくなると難しいんですね。あと「なんで馬の顔に穴を抜かないのか」と言われたりしました。
本来、地元の人が伝えたいという人物はマニアックで、地元以外の人に伝えるのが難しい。一般には「この人誰なんだろう」と思われている人物にスポットを 当てるわけです。その点、顔出し看板は「金太郎はこんな髪なんだろうか」というところから入っていけます。そういう発見のある看板もいい。制作過程では、 地元の人の思いを地元以外の人にどう伝えるかというところがおもしろかったですね。

鳥居 うちで看板をつくることにしたのは、地元中学生(当時)のデザインだったのが大きかったですね。八日市は 大凧を使ったまちづくりを行っていますが、大凧の伝統を守っていくには若い人の力が必要ですから、保存会では地元小学校での凧づくり指導を昔から続けてい ます。原画を描いた子たちもその小学校の出身で、凧揚げにも参加しているんですよ。
その看板を玄関先に置いてますから、その前を通らないと会館に入れない。かなり大きなものでしっかりできていますし、毎日出し入れするので、下にキャス ターを付けています。実際にどう使われてるか常に見ているわけではありませんが、事務室にいると突然笑い声が聞こえることがあります。すると親子連れが顔 を出しておられる。
リピーターを増やすには、印象に残る思い出づくりのためのアイテムが必要で、そのひとつが看板なんです。取材があるとタレントの方になるべく顔出し看板 で写真を撮ってもらっています。どこでその画像が流れるかわかりませんので。「マイウ~」の石塚さんは、顔が大きくて全部出なかったので押し込んでいまし た(笑)。

設楽 制作過程の裏話ですが、一豊が馬を買った牛馬市がドラマに出る直前、その木之本に置くものをつくるという タイミングになりました。何色の馬になるかNHK関係者に聞いたのですが、「それは言えません」とあしらわれてしまいまして「じゃあ、清らかで誠実なイ メージの白でいこう」と白にしたら茶色でした(笑)。反省会ではかなりこっぴどく言われましたね。
看板制作の話が広まってくると「うちの地元に」と圧力がかかるようになってきました(笑)。看板の数を絞らざるをえなくなって、当初置こうと思っていた姉川古戦場に置けなくなってしまいました。

北村 金太郎の看板を置いている西黒田公民館には、みなさんあまり立ち寄りませんね。神社などに置いたほうがいいんじゃないかといま思いました。

樋口 金太郎は毎日のように見ていますが、日に日に朽ちていくのが気になっています。長持ちする方法を考えていただきたいです。

点が線になって、顔出しラリーや新たな本に期待

鳥山 岡山県真庭市勝山は「暖簾のまち」と言ってもいいくらい暖簾があります。もとは酒屋さんが掛けていたもの で、近所のお客さんに「しゃれた暖簾やね。描いた人紹介して」と言われ、「実は私が描いてん」と。酒屋さんの奥さんだったんですね。いまはすごい作家にな られてますけど。
最初は家紋や屋号などが中心でしたが、だんだん自分の好きなもの、まちの歴史に関するものに自然に展開し、まちづくり的な意味合いをもったものになっています。暖簾は掛け替えるだけでまちの表情が変わるので、景観づくりのアイテムとしてはいいですね。
顔出し看板はマイメモリーの中に残っていくものですが、もっとまちの景観になっていけばいいですね。北海道を旅行したとき、宗谷岬に石の記念碑がありました。もし顔出し看板がそこにあれば、どうだったろうと思います。
「行きたい」「買いたい」「住みたい」がうまくいっているところが都市ブランドの勝者になっています。顔出し看板だと、滋賀は歴史が深いので既存のキャラ クターが多くありますが、勝山では自分と関わりあいのあるものをどう発掘してゆくかということになって、よかったのではないかと思います。まちづくりでは ふつう自分の集落なら集落らしさを追求します。でも「らしさ」なんて出てこないんです。何か象徴的なものを生み出し、それにねらっているものを呼び寄せる のが「らしさ」を生んでいくのではないかと思います。
ひこにゃん、かわいいですよね。ひこにゃんの顔出し看板に顔を出した瞬間の写真をポスターに使うなど、二次的な使われ方をして広がっていく。顔出し看板には、そういう力があるのではないかと思いました。ハマりましたね(笑)。

樋口 こんな看板をこう使ったらいいとか、会場の方々はいかがでしょうか。

 会場A 「あの顔出し看板に会いたい」と思わせるような看板がいいですね。それぞれのまちに歴史があるのですから、旅の思い出にもなって、それがおもてなしの代表 となっているような。「来てよかった」と思わせてくれる看板と出会いたいです。今回、ネット上でひこにゃんの看板を見つけて「ひこにゃんに会いたい!」と いう気持ちになりました。でも、もっと立派なひこにゃんの看板があったらいいのに。

会場B 駅ごとにあったり、大学ごとにあったりするとおもしろい。龍谷大学ならどんな看板がいいか考えてみたりもしました。

樋口 県立大学にはいくつかありますね。

近藤 「環境戦隊ゴミらレンジャー」や「エコロクマン」などがあります。もし大学を象徴するものをつくるとした ら、池のアヒルかな。でも上のほうから「ダメ」と言われそう。だから自由に作ったほうがいいような気がします。きれいな看板より「おもしろいんじゃない か」というメッセージが込められたもののほうがいいと思います。

鳥山 顔出しの作法として「顔を出す前に、まちのことを3分間考えてみよう」というのがあるといいかもしれません。顔出し看板で大学についてクソまじめに考えてみるのもおもしろい。

鳥居 県内の看板にとっては『カオダス』の出版が大きい。点でしかなかった各地の看板が、この本で線になった。 本を見て「次どこへ行こうか」という人もいるかもしれません。安土に行きたい人に本を見せて「こんな看板があるよ」と言えます。もっとつなげていけば、浜 名湖花博でのPHOTOラリーのような展開もできるし、また本になるかもしれない。そういう期待もありますね。
白山スーパー林道を車で旅行したときのことです。福井県勝山市は恐竜が名物で、道の駅にある顔出し看板の恐竜が、ひとつひとつ違うんですね。それで道の 駅があると必ず寄っていく雰囲気になりました(笑)。順番に子どもに顔を出させて写真を撮っていく、まるでラリーのようでした。これが地元を知る機会に なったと思います。

樋口 『カオダス』巻末の地図を見ていただくと、看板はなぜか湖北に集中しています。金太郎はこれからどのように使われていくのがいいでしょう?

北村 あまり気にしてませんでしたが、もっと人の集まるところに置いたほうがいいですね。パーキングエリアなどにも置いてもらったらいいかもしれません。

設楽 彦根の築城400年祭には柱として歴史がある。湖北長浜も歴史が充実した地域ですから、こじつけでも同時 代のものは地域同士でつながるものがあると思います。彦根で看板をつくるときも、長浜で一豊・千代のドラマを考えたときのように、県のほかの場所とのつな がりをもって誘い出すツールになると思います。

樋口 顔出し看板でつながっていくのもおもしろいかもしれないですね。

鳥山 カニ列車で、ひとつの駅で「カ」次の駅で「ニ」というように、ラリーになっていることがあります。「行き たいまち」から「買いたいまち」にするには、顔出しの穴の話がありましたが、観光客4、5人が一度に顔を出せる看板があって、それをまちの人が撮ってくれ て説明もしてくれるといいですね。また「あの看板の角を曲がって」という道案内としての使い方もあるでしょう。

会場D 駅長の看板の話がありましたが、駅の看板の前を通らないとそのまちに行けないという通過儀礼にするといいのでは。

鳥山 兵庫県姫路市と岡山県新見市を結ぶJR姫新線の利用者を増やす方法を考えてくれといわれていますが、これ は顔出し看板やな、と(笑)。もてなしという意味では、アロハでもてなすまちもありますよね、JRですと駅から始まるまちの紹介や、着ぐるみとか顔出し看 板までいかなくても、帽子などで変身できる場を提供したらどうかと思いました。

県内の顔出し看板と着ぐるみを全集結?

会場E いろんな顔出し看板の中で、景観にあわないもの、邪魔なものもあります。「まちづくりに使うなら、こういう視点でつくったらいいものができますよ」という提案をしたらどうでしょうか。

近藤 「顔出し看板コンサルタント」という日本でひとりの肩書きを使おうか(笑)と思っている近藤です。
顔出し看板は、視点をずらしたところのおもしろさがありますよね。誰も何も言わないので自由につくっている、そのおもしろさを見つけるのがおもしろいわ けです。浅草のようにまちのあちこちに同じトーンで設置されたもの、というのもあるにはあります。多様性の中でそんな形もあるんだろうと思います。
ただ「これがベスト」というのをつくってしまうと、顔出し看板の「危ういゆるさ」がなくなってしまって、そこが難しい部分でもある。かと言って「もっと ゆるく、もっとヘタレにつくりなさい」とも言えないし(笑)。下手でも、つくり手が思いを込めたものは、ひとつひとつのアイテムが考えられていて、必ずそ の思いが見えます。 逆に業者がつくったものは、きれいだけどもどこか物足りないですよね。母の郷ではパーツごとに重ねて立体感を出すシャドウボックスの 手法を用いましたが、ほかにもいろんな可能性があるので、つくり手が独自にこだわって一体一体つくってほしい。

鳥居 実は顔出し看板のことはあまり意識してなかったんです、凧の学芸員ですから。これからは、とりあえず看板を見つけたら近藤先生に知らせようと思いました(笑)。

滋賀会館 顔出し看板を一堂に見て、このおもしろさをもっと広げて利用できたらと思いました。多様に紹介したいですね。もっとおもしろいものが生まれてくるのではないでしょうか。また何かあれば協力させていただきたいと思っています。

樋口 湖北に看板が多いので、米原などでやると人の集まりが違うかもしれません。

近藤 愛・地球博の滋賀県の日の企画で、「県内のキャラの着ぐるみを持っていって、江州音頭を踊ろう」というのをやりました。ただそれだけなのに、全部集まるとけっこうすごかったですよ。
県の「うぉーたん」、大津の「ゆめちゃん」「キキちゃん」、野洲の「どうたくん」など、単体ではあまり魅力がないのに、全部集まるとすごいです。看板も こんなふうに集まるとおもしろいですね。集めて県内を巡回展示するとか。そんな企画、誰も欲してないかもしれませんけど(笑)。道の駅で年に一回全看板が 集結するとか。

会場F ひこにゃんをはじめ県内着ぐるみと顔出し看板をすべて集めてほしいですね。

樋口 顔出し看板の展示会とシンポジウムなんてこれが最初で最後かと思っていました。でも、つながる、広がるという顔出し看板のこれからが見えてきたようです。本日はありがとうございました。


基調講演
顔出し看板原論

講演:滋賀県立大学環境科学部准教授、しがんい監事 近藤隆二郎さん

顔出し看板のルーツは?

 取材で必ず聞かれるのが「いつから始まったんですか」ということです。本の巻頭言で国立民族博物館の吉田憲司先生に書いていただいていますが、1893年 のシカゴ万博が発端ではないかという説があります。実は出版直前に『カオダス』のデザイナーさんが当時の写真をインターネット上で見つけました。ダイビン グを見世物的に実演していたパビリオン前に、ダイバーを描いた看板が写っている。「顔を抜いている!」「顔出し看板のルーツだ!」と盛り上がったのです が、よく見ると穴があいてないようです(笑)。ということで、ルーツについて現在確認できていません。
日本で顔出し看板が一番盛り上がったのは、カラーフィルムが出て、カメラが一般家庭に普及し、旧国鉄の「ディスカバー・ジャパン」キャンペーンの時期で はないか。1950~1960年代の顔出し看板を見ると、だいたいフジカラー(富士フイルム)とかサクラカラーの名前が入っている。フィルム会社OBによ ると、地元と会社が折半で立てていったそうです。写真を撮ってもらってフィルムを売っていく。写真には商品名が写る。そういう営業ツールとして使われた時 期があり、その頃から爆発的に広まったのではないか。その頃一気にできた看板がいま朽ち果てつつあるんですね。それを見つけだすのがおもしろくて、ネット 上で盛り上がっています。

プリクラは「デジタル顔ハメ」?

なぜ顔出し看板に心惹かれるんだろうということを考えると、必ずプリクラが出てきます。フリー編集者の都築響一さんはプリクラを「デジタル顔ハ メ」と呼んでいます。『カオダス』では、プリクラの流行と「人はなんで顔を出すんだろう」というのを論じてみました。いまはカメラ付きの携帯電話ですが、 少し前ですと女子高校生はレンズ付きフィルムを使っていました。さらにいまは多くの方がホームページを持っているので、検索すると顔出し看板の報告サイト がたくさん見つかります。
顔出し看板史上特筆すべきものとして、2004年に静岡県で開かれた浜名湖花博の「花めぐりPHOTOラリー」があります。穴をふたつ開けた鉄製の看板 が102枚、一気につくられました。花博会場だけじゃなく県内全域を回遊してもらうために、こんなにたくさんの数になったのです。花博が終わるとほとんど 廃棄されましたが、そのうちの数体は表のデザインを変えて使われています。一気にできた顔出し看板としてはおもしろかったと思います。
顔出し看板は「顔ハメ」とも呼ばれていて、実は『カオダス』にもご登場いただいた『全日本顔ハメ紀行〈記念撮影パネルの傑作〉88カ所めぐり』の著者、 いぢちひろゆきさんが会場に来られています。いぢちさん、残念ながら絶版ですが、まだ手に入るんですか?「まだ自分の家に100冊くらいあります。メール でご注文くだされば送ります」(いぢちさん)だそうです。この本が出た2001年当時と比べて、顔出し看板の報告サイトはかなり増えているはずです。
ルーツ探しと関連して、江戸時代に歌舞伎役者の顔を抜いたものはなかったのか、とかいろいろ調べてみました。等身大の人形をつくるということは何なのだ ろうか。着せ替え人形との関係はないのか。あと、仮装ですね。変身という意味で。二人羽織とか。顔(首)を出すという意味ではギロチン。東京の長谷川町子 美術館にあるサザエさんの顔出し看板は、ギロチンの刃の下から顔を出すというシュールなものです。顔出し看板には顔がないので、そういうグロテスクな印象 もあるのではないか。
観光を扱った昔の新聞に顔出し看板がないかと見ていたら、似ているものが出てきました。北海道に行ったらアイヌの衣装を、京都に行ったら舞妓さんの衣装 を着る。お客さんがご当地の人に変身するのがあったんですね。今ならコスプレ。アニメの登場人物になり、物語の中に関わっていく。みんな、なりきりたいわ けですよね。
びっくりしたのは『カオダス』64頁に載せた写真。みんなして、ちょんまげを頭に載せ、お殿様の格好をしてイノシシ鍋を食べるのが評判ですよという記事なんです。当時は旅行先で大人がこんなアホなことしてたんだと非常に脱力しました(笑)。
舞妓さんに変身するときは、着物を着るのにかなり時間がかかる。でも顔出し看板なら数秒しかかからない。その手軽さが特徴的で流行したのではないか。
「全国に顔出し看板は何体あるんですか」これも取材でよく聞かれます。そんな時は「わかりません」と答えます(笑)。「滋賀県は特に顔出し看板が多いので すか」と聞かれても、「さあ」と答えるしかありません。私たちが調べたあと、大学の学園祭でつくったりしますし、個人でつくっている人もいるかもしれませ ん。ですから、県内だけでもどんどん数は変わっていくんですね。
全国ではどうなんだろうと、2005年に「顔出し看板」「顔ハメ看板」「顔出しボード」でグーグル検索し、上位200位1042レコードをデータベース化してみました。ネット情報なので偏りがありますし、個人の嗜好が反映されています。
いろんなモチーフがあるのですが、私が調べた中では多い順に「駅長」「忍者」「宇宙飛行士」「消防士」となっています。駅長が全国的に多いかというと、 そうでもない。JR北海道が戦略的につくっていて、北海道旅行を報告するサイトが多いので、カウント数が多いのかもしれません。
都道府県別だと、北海道、東京、静岡の順に多く、滋賀は7位と健闘しています。
モチーフの要素としては、タヌキやサルなど「動植物」、山など「自然」が多い。
穴の数を調べてみると、1個は半分強で、2個が3割強。8個のものもひとつありました。和歌山県の南部梅林にあるものです。本にも載せていますが、かな り巨大です。どうやって顔を出すのか知りたいので、私は必ず後ろを撮ります。階段つき? まさか肩車をして顔を出しているわけじゃないだろうな、と (笑)。
タイプ別で「キッチュ型」が3割強と多いのは、「おもしろいものを発見した」とネット上に報告されるからかもしれません。キッチュ型では1位「駅長」、2位「宇宙飛行士」、3位「消防士」。全国消防署看板対決をしたらおもしろいですね。
「キャラクター型」はテーマパークに設置されてるものも多く、テレビの戦隊ヒーローものは番組が変わるたびにリニューアルしています。韓国の冬のソナタランドにはヨン様の顔出し看板もあったそうです。
「歴史上著名人型」は、現在なら山内一豊が上位にランキングされるでしょう。歴史のテーマパークに行くと、巨大な長方形で後ろの風景まで切り取ってしまうタイプがありますが、いぢちさんは「たいてい場所にそぐわないものであることが多い」と書いておられましたね。
他に「歴史キャラ型」。忍者は本当はこんな格好はしてないと思いますけど(笑)。

風景への参加というダイナミズム

顔出し看板とは、要は変身です。日常生活と違うもの、鬼やソフトクリームに簡単になれる仕組みではないか。自分たちのまちにはどんな物語があるの か、その地域のキャラクターを引き立たせるような舞台設定になっている。山内一豊と千代なら、必ず「馬を入れてくれ」という声が上がる。看板の中に地域の 要素が詰め込まれているので、おもしろいのだと思います。
あとは穴ですね。ふたつ穴を開ける場合、ひとつは子ども向けになることが多い。たくさんの人に顔を出してもらいましょう。
顔出し看板は、顔を出す人と写す人の関係を考えて仕掛けられているようです。「参加して完成する風景」をまちの中につくり出しているのではないかとも思えてきます。
顔出し看板づくりは、まちの歴史の中にあるキャラクターを掘り起こしてもらうところから始まります。「うちにはそんなものはない」というところでも、餅でも何でもいいんですよ(笑)。必ずあるんですから。
看板の図案に込められた「どんなものに変身してもらうか」という考えがおもしろい。顔出し看板は「未来への思いを伝えるシナリオ」。ってほんまか(笑)、単なる看板ですけど。
例えば金太郎でまちおこしという思いを込めてつくられているからこそ、それが伝わっていくわけです。金太郎になってもらうことで「私たちのまちづくりに、あなたも参加してもらえませんか」と伝えられる。
こうして考察してきました顔出し看板ですが、もしかしたら日常の中に置かれた異次元の入口なのでしょうか。一瞬にして違うものになれる。まちの中にある ただの二次元の看板です。ですが、だからこそ、テーマパークにある三次元の仕掛けよりも想像力を働かせられる。これぞ異次元の入口といえるかもしれませ ん。

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顔出し看板大全カオダスPRサイト

●顔出し看板のルーツや、新しい看板発見の情報などは、しがんいが運営する顔出し看板大全カオダスPRサイトの掲示板まで。 同サイトでは『カオダス』の内容の一部を立ち読みすることもできます。

 ●エピローグ
『カオダス』発行後、彦根の四番町スクエアで「ひこにゃん」の顔出し看板を4体発見。本書が広く支持され、新看板の設置が続けば、カラー増補改訂版の発 行も夢じゃないかも。この動きが全国に広がり、各都道府県版カオダスが生まれることを願っています。あと、看板と着ぐるみの全集結ね。地域活性化の鍵は キャラものにあり?(矢)

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