座談会 近江の酒蔵

 滋賀の日本酒を愛する酔醸会の家鴨あひるさんが県内の酒蔵33ヶ所を取材してまとめた近江旅の本『近江の酒蔵―うまい地酒と小さな旅―』が発売中です。  滋賀県きき酒王決定戦終了後、酔醸会の会員さんたちにお集まりいただき、発行の経緯、工夫した点、読みどころなどをお聞きしました。

▲表紙写真:9月18日、大津プリンスホテルでの「滋賀県きき酒王決定戦」会場前に置かれた、
近江の地酒の菰樽(こもだる)。

● 表紙の言葉 ●

 菰とは藁(わら)で織った筵(むしろ)のこと。酒造好適米の山田錦は背が高く、大きな四斗樽をくるむのにも適しているとか。樽を保護するほか、商標を刷り込んで銘柄を区別する役割もあります。最近は合成樹脂製のものも増えているそうです。

座談会
● 9月18日(日)午後6時~ 大津プリンスホテルにて ●

座談会出席者プロフィール

家鴨あひるさん 酔醸会事務局、 ライター、きき酒師

永野麻也子さん 酔醸会湖西酒蔵応援団長、 通称「姉御」

布施明美さん 酔醸会会員、小川酒店、 通称「おーちゃん」

矢野晋吾さん 滋賀県立琵琶湖博物館主任学芸員

上原 績さん 上原酒造(株)専務取締役

司会進行  Duet編集部

日本酒ってこんなにおいしいんや

▽あひるさんが滋賀の日本酒にはまったのはいつ頃ですか。

家鴨 2001年秋に米原で開かれた食のイベントに酒造組合さんも出展されていて、おチョコを500円で買うと瓶の中の日本酒が試飲し放題だったんですよ。最初に酌んだお酒が純米吟醸無ろ過生原酒(註1)で「えっ、何これ!」って(笑)、キリッとした甘さと酸味で、まさに目が覚めるような味だったんです。「日本酒ってこんなにおいしいんや」って驚きました。
 でも次に他の瓶から酌んでみると、ぼやけた味のお酒で。「同じ日本酒なのになんでこんなに違うんだろう」って、さらに衝撃をうけました。
 それからですね、滋賀の純米酒をいろいろ買って飲み比べたり、きき酒師(註2)の資格を取ったり、あちこちのお酒の会に参加したりするようになりました。

▽そして酒蔵にも訪れるようになったんですね。

家鴨 最初は怪しまれましたねー(笑)。

永野 飲み過ぎたこともありました(笑)。私も取材の付き添いと称して、いっしょにまわらせていただいたんです。

▽永野さんには本の中で滋賀の日本酒に合う料理のレシピをご紹介いただいていますが、あひるさんとの出会いは。

永野 おうみ未来塾(註3)で同じ2期生だったんです。そのときは、子どもたちも食べられるように、味噌汁について研究しました。志賀町で味噌汁コンテストを開いたり。あひるちゃんと日本酒に取り組み始めたのは、未来塾を卒業してからですね。

 ▽矢野さんには、今回の本の中で「近江の地と能登杜氏」についてお書きいただいています。

矢野 もともと滋賀の日本酒は好きだったんです。県の新人研修でたまたま隣に座ったのが岡田君という、醸造学者の小泉武夫さんが所長だった日本発酵機構余呉研究所にいた人なんです。彼に池本酒造さんに連れて行ってもらうことになって、酒蔵の見学だけだと思ったら、蒸米ほぐし(註4)までさせてもらって(笑)。

  それからは、東京から友達が来ると必ず県内の蔵元さんへ連れて行くようになりました。あひるさんたちと知り合ったのは、おうみ未来塾生同期生の方の紹介でした。

このままでは滋賀の日本酒が飲めなくなる

▽2002年5月には酒蔵を紹介するサイト「滋賀メチャ!うまい酒と小さな旅」を立ち上げられて、8月に酔醸会(よいかもかい)(註5)を結成されたんですね。

家鴨 滋賀の日本酒がこんなにおいしいのに地元の人に知られてなくて、日本酒は「べたべた甘い」という昔のイメージが残っています。飲食店にしても京都や新潟の酒しか置いてない店が多いし、酒屋さんも滋賀の日本酒をほんの少ししか置いてないでしょう。それにここ数年の焼酎ブームもあって、このままでは滋賀の日本酒が飲めなくなる。
 私は好きだから、それは困るんです。まだまだ情報発信が足りないと思ったので、私の得意分野であるウェブや、ライターとしての仕事で応援していこうと。おいしいお酒を実際に比べて飲める機会があれば、私が感じたあの驚きを体験してもらえると思って酔醸会をつくりました。

▽「びぃめ~る」(註6)24号のお酒特集が2002年1月ですね。

布施 うちの店に取材に来られて。子育て中の女性であり、きき酒師の試験に合格した酒屋からの、お酒の楽しみ方のポイントを取材されました。

▽ふだんは蔵見学を受け付けておられない蔵元さんでも、酒を卸している酒屋さんの紹介だと見学できる場合もあるとか。

家鴨 そうですね。おーちゃん(布施さん)にはずいぶんお世話になりました。ほかにも、長浜のはしもとやさん、草津の中野酒店さんにご紹介いただいたおかげで取材をすすめることができて、本当に感謝しています。

▽サイトを拝見すると、2003年6月3日から、あひるのプロジェクトX「滋賀の日本酒の本を出すぞ! 」が始まっています。

永野 もっと前から「本を出したい」ってずっと言ってたな(笑)。

家鴨 あれはサイトでの決意表明なんで(笑)。構想4年ですね。

蔵を訪ねて、自分だけの思い出のお酒を

▽当社があひるさんのことを知ったのは、2003年6月20日付京都新聞の記事なんです。それでサイトもチェックさせていただいていたところ、2004年8月にあひるさんが企画書を持って来社されて。
 それで追加取材などをお願いしたんですが、取材・執筆にあたって気をつけられた点は?

家鴨 蔵元さんは本当においしいお酒を造るために必死なんです。蔵元さんや杜氏さんら、造り手の顔が見えて、その声が伝わってくるような本になるよう心掛けました。蔵元さんに直接お会いしてお話をうかがって飲んだ酒って、おいしさが格別なんですよ。多くの人が蔵を訪れて、その人だけの思い出のお酒に出会っていただきたい、そして日本の酒応援団がもっと増えればいいな、と思います。

▽苦労した点はありますか。

家鴨 まずアポ取りが大変でした。最初は「信用されてないなー」って感じ(笑)。でも実際にうかがってみると、とてもていねいに説明してくださり、帰る時には「いつでも遊びにおいで」と言ってくださった蔵元さんもあったり。

永野 結果的には33蔵の取材にご協力いただいたんですが、あひるちゃんとしては約50ある県内すべての蔵を紹介したかったでしょ。先方さんのご都合などもあって仕方がないんですが。

矢野 滋賀の日本酒はどんな酒なのか、東京などでよく聞かれるんですが、バラエティーに富んでいてとてもひとつにくくれない。例えば全国的に淡麗辛口(註7)が流行っても、滋賀の酒はすべてがそうはならなくて、いろんな方向性をもっている。ここにおられる上原酒造さんの酒造りはまったく東京を向いてないですし。

 ▽木の天秤棒での木槽搾りには驚きました。こだわりの酒造りといいますか…。

上原 いや、うちの場合、こだわりではなくて「方針」なんです。ですから、これだけ気をつかって酒を造ってますので、酒のことを知っている酒屋さんにお出ししたいだけです。流通の間に酒の品質が落ちるのは耐えられないですね。お客さんが見られるのは酒屋さんではなくてラベルですから。

滋賀の日本酒は…? この本を読んでください!

▽布施さんには「いい酒屋さんとは?」と題してお書きいただいていますが。

布施 ええ。そこにも書きましたけど、お店によっては生酒が常温に置かれていたり、蛍光灯の光に当てられていたりしますけど、それではお酒がかわいそうですね。お客さんが口にされるまでお酒は酒屋に置かれているわけですから責任は重大です。うちもまだまだこれからなんですが。

▽今後の滋賀の日本酒について。

家鴨 全国的にあまり知られていませんが、これから楽しみなお酒だと思うんです。ですから応援のしがいもありますね。

布施 ほんと、これからやね。

永野 若い蔵元さんが多くて、みなさん仲がいいんですね。他の蔵の酒をよく誉めるんですよ。それでいて「負けへんぞ」っていう気持ちをもってて、みなさん上昇志向ですね。

矢野 全国的に有名になっても向きを変えることなく、地元に足のついた蔵であってほしい。吟醸酒だけじゃなくて、地元の食べ物に合う普通酒を造りつづけるというのも大切なことだと思います。

▽出来上がった本を手にされていかがですか。

家鴨 すごくうれしいですー(笑)。本当にわが子のようにかわいくて(笑)。

永野 あひるちゃん、ええ仕事してるやんって感じ(笑)。おめでとう!

上原 酒造組合でも全蔵の情報を掲載した「SHIGA’S BAR」という冊子を出したことがあるんですが、こういった消費者情報が載った本は初めてですので、意義深いですね。

▽第2弾の構想は(笑)。

家鴨 いや、そんな(笑)。まだ在庫がありますし(笑)。

▽みなさんにご協力いただいて、ほんとにいい本になったと思うんです。

矢野 そう。地味なんだけど奥深いですね。他府県でも日本酒の本はたくさん出ていますが、そういった類書とは一線を画していると思います。

 あひるさんが先ほどおっしゃったように、一生懸命酒を造っておられる蔵の方々の顔が見えてきますし、これまで一消費者である主婦が実際に33もの蔵をまわって素直に感じたことを書いた本はなかったでしょう。これから滋賀の日本酒はどんな酒か聞かれたら、「この本を読んでください」と自信をもって言えますね。

家鴨 ありがとうございます。この本が、自分に合う滋賀の日本酒と出会うきっかけになればうれしいです。

滋賀県きき酒王決定戦 2005

  大津プリンスホテルで9月18日、平成17年度全国きき酒選手権大会の滋賀県大会「滋賀県きき酒王決定戦」(滋賀県酒造組合連合会主催)が開かれ、約70名が参加しました。
 競技は、1回目に出てくる7種類の酒と、2回目に順序を変えて出てくる同じ7種類の酒を飲み比べ、どれとどれが同じかを当てるというもの。自分がつけた順序との誤差の少なさで競います。
 酔醸会の家鴨あひるさんらも参加し、永野麻也子さんは初戦で同率1位になりましたが、プレーオフの末、惜しくも3位となり、全国大会への出場を逃しました。
 競技終了後は、参加者全員と蔵元を交えた地酒パーティー。あひるさんから『近江の酒蔵』発行の報告などもあり、華やかな宴となりました。

  入賞すれば滋賀の地酒がもらえ、参加料も地酒パーティー込みで3000円とお手頃価格。参加者の半数以上が女性だというのも特徴のひとつです。

 滋賀県酒造組合連合会や近江銘酒蔵元の会では、他にもさまざまなイベントを開催しています。詳しくは『近江の酒蔵』102~106頁を参照、または左記に直接お問い合わせください。

用語の解説

註1 純米吟醸無ろ過生原酒
 40%以上を糠として削り落とした米(精米歩合60%以下)を100%使用し(醸造アルコール無添加)、ろ過・加熱殺菌・加水をせずに瓶詰めした酒。搾ったそのままの酒なので炭酸がピリリと効いたフレッシュな香りと味。アルコール度数も18度程度と高い。

註2 きき酒師
 日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会が認定する資格。きき酒とは、酒類の持つ特性を物理的、官能的、心理的に様々な方法を用い、酒の現状を客観的に分析、評価し、表現する技術 (日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会HPより)。

註3 おうみ未来塾

 淡海ネットワークセンター(淡海文化振興財団)が運営する「地域プロデューサー」養成講座。プロデュース力にコーディネート力や組織運営力を加えたリーダーシップを養うことを中心に取り組んでいる。塾長は総合地球環境学研究所長の日高敏隆氏。

註4 蒸米ほぐし
 酒米を蒸し、麹カビを振って麹にする前、なるべく米粒に固まりがないように手でバラバラにほぐす作業。まるで夏のように室温を高くした麹室の中で行う。

註5 酔醸会
 主に消費者の立場から滋賀の日本酒をおいしく飲み、お酒造りを応援。会員約30名(2005年8月現在)。本書の発行にあたっては「滋賀の日本酒を愛する酔醸会」とさせていただいた。お問い合わせ、入会希望の方は左記アドレスまでメールを。  iegamoahiru@mail.goo.ne.jp

註6 「びぃめ~る」
 NPO法人びぃめ~る企画室が発行する隔月発行のフリーペーパー。2000年3月創刊。家鴨あひるさんが本名(幡郁枝)で理事を務める。ウェブやテレビ、ラジオなどでも、女性や子育てなどを柱にした地元密着情報を発信中。1999年9月発行のベストセラー『滋賀でステキに暮らす本』(サンライズ出版)は残念ながら絶版。

註7 淡麗辛口
 すっきりとして甘くない、さらさらした酒。うまみも少なめ。その逆が「濃醇甘口」で、どっしりとして、うまみも甘味もたっぷりで飲み応えがある。

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