編集部インタビュー

▽よろしくお願いします。まず、今回の作品展のチラシには今森さんのプロフィールとして、「博物画の西欧的伝統と、日本的な画法を巧みに融合させ、新しい境地を開いた」というふうに書かれていますが。

▼素敵な解説をつけていただきまして(笑)。細密画というか、博物画、フェイル・アートには、それ自体、長い歴史があるわけですが。だいたい絵の解説というのは、評論家の方がむりやりこじつけてる面がありまして、作者自身の考えとは違ってることがほとんどなわけです。実際、私には西洋と日本の伝統を融合させようとか、そういう考えはまったくなかったです。単に自分にしかできないことをやろうとしただけで。私の作品の場合、基本的に面相筆で描く線画ですので、どこか日本画的な感じがすると言われることが多いのかもしれません。画風としては、結果的にこういう絵になってるというだけです。魚の鱗にしてもいろいろな描き方、一枚一枚すべては描かかずに表現する方法などもあるわけですから。

▽私が今森さんの作品を初めて見たのは、琵琶湖博物館が開館する時に発売された本『湖人』(同朋舎出版刊)です。講演の中にも出てきましたが、同館との関わりについて教えていただけますか?

▼開館前、準備室の段階から関わらせていただいたんです。

▽どういうきっかけで?

▼準備室の段階で、細密画購入の話が持ち上がったそうなんです。滋賀県に戻ってきて間もない頃ですが、私が「毎日新聞」で記事になったことがありまして、それをたまたま学芸員の方がご覧になったんですね。ええと、私が32歳の時ですから、5~6年前です。「拝見したい」という連絡をいただき、すぐにお持ちしました。すると、わりに評判がよく、それでは年間で何点かずつ購入させていただきたいとなったんです。いわゆる招待作家です。著作権折半という形で、原画自体は私の手元にあって、いい状態で撮影した写真のポジを博物館に渡すという。

▽博物館側が、写真ではなくて、細密画を描ける人を捜していたというのは、先ほどのお話の中でもありましたが、色の点などで実際に近いものをということでですか?

▼魚のような「ぬめりもの」は、写真撮影が特に難しいんですね。ガラスが間に入りますし。図鑑やガイドブックなどに載っている写真にしても、やたら青かったり、黄みがかってたり、みんな色はおかしいです。それに魚個々によっても違いがあるので、なるべく代表的な色のものを記録として残さなくてはならない。これを探してくるというのが、また大変で。

 ▽描く際のご苦労などを実際の作品をもとにしてお聞かせいただけますか。まず琵琶湖博物館の購入作品である、このゲンゴロウブナ。

▼普通の簡略なイラストだとネズミ色にされてたりするんですが、黄色みを帯びてたりとか、褐色がかってたり、複雑な色合いです。私たちは、だいたいカラーチャートといって、絵の具全色を縦軸・横軸で掛け合わせたものを作ります。だから何色と何色を混ぜたらどういう色になるかというのはだいたいわかるわけです。その最初の判断を誤ると失敗に通じることになります。例えば、これだったらロー・アンバーという色とウルトラマリン・ブルーというのとイエロー・オーカーだかを混ぜてるんだと思うんですが、その最初を間違ってると、何度やっても緑色っぽいのがとれなかったりして、ホワイトで消してまた塗ってを延々くり返す。時間ばかりかかることになるんです。

▽それでは、ナマズなどの種類は?

▼ビワコオオナマズやギギという魚などは色鉛筆を使ったりもしています。ざらざらとしたような部分。これは「ベローイーグルカラー」というドイツのメーカーの色鉛筆なんです。これは厚塗りができるのが特徴で、普通の色鉛筆は重ね塗りに白は使えないんですが、唯一これは使えます。

▽やはり画材にもこだわられますか?

▼いろいろ試しました。パステルや、カラーインクや。けれど自分のスタイルというのはまた戻るんですね。今は元から使ってた「リキテックス」というアクリル絵具を中心に、そこに色鉛筆などを付加するという感じです。アクリル絵具は乾くと耐水だし重ね塗りができるしという利点があるんです。以前にはエアブラシも使ったことがあって、それは経験として役にたってます。最近は水彩にもチャレンジしています。

▽桟橋にサギがとまってるところを水墨画みたいに表現した絵もありましたが、それも非常にお上手で「サラッとこういうのも描けるんだよ」って感じでした。

▼あれは、それが言いたかったんです(笑)。ああいう水彩画というのは、ちょっと絵心がある人なら描けるんですよ。『おおきなポケット』の連載で試みたのですが、結局、リアルなタッチに戻されました。私の場合はやっぱり細密画というのが個性、強い部分なのかな、と思います。

▽色の話が主になりましたが、下絵、スケッチの段階で「描いてみてわかった」ことみたいなことはありませんか。例えば、子供が馬や犬の後ろ脚を初めて描こうとすると、あの高いところになるのが踵であるという生物学的な構造を知ることになるような。

▼そうなんです。多いんです。いろいろあるんですけどね。うーん。フクロウは実際飼ってみたこともあるので観察してる時間が長かったんですが、あの足の指というのは、木の枝をつかむためにこう、前後に本、本になってるんですね。ものというのは、接してみないとわからない部分がたくさんありますから。

▽特にここしばらくは、写実的なものの立場は弱くなっていたと思うのですが?

▼私もそれに危機感を持った時期というのがあったんです。さっきの話の中でも言ったヘタウマのイラスト全盛みたいになった頃。これはきつかったですね。自分も画風を変えようかと思いましたもの(笑)。でも、最近琵琶湖博物館の例のように、また博物画の伝統を受けた細密画の需要というのは復活しつつあります。

▽先ほども出ました最近のお仕事として、『おおきなポケット』という雑誌の連載がありますが、この雑誌をめくって見ていくと、今森さんのページだけが…。

 ▼異質。

▽(笑)ですね。

▼よく言われます。確かにこれはこの本の中で、浮いてるんです。

▽その辺は?

▼編集部としては、いかにも子供向けといった漫画タッチの連載ばっかりになってイヤだったそうですね。私自身、仕事を依頼された時は他の連載モノにあわせて漫画、アニメっぽいタッチの絵でとイメージしたぐらいなんですが、担当者の方の意向で、あえて「細密画で行こう」となったんです。

▽他の連載と比べると、労働効率が全然違うなあとも思ってしまうんですが。

▼ページ単価は同じなんですよ。そこで、そう言ってしまうとダメなんであって、それよりも何を描きたいのかということでしょ。今回、作品展をしていただいて、たくさんの方に見ていただいて、あなたを含めて喜んでもらえた、これがなければやってられませんね。

▽展示では、みんな顔をこんな近づけて見てましたね。

▼作家冥利につきますね。救われるんですよ。

(構成/編集部)

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