
27年越しに「三度目の正直」で完成
──藤岡さんは、かなり以前から琵琶湖の魚の図鑑をつくろうと考えておられたそうですね。
藤岡 琵琶湖の魚を紹介した本としては、大津市打出浜の滋賀県立琵琶湖文化館に水族展示があった時代の昭和55年(1980)に、同館編『湖国びわ湖の魚たち』※1(第一法規出版)が出て、版を重ねるロングセラーになっていました。
田畑 僕たちが魚について調べようとしだした頃には、この本はもう絶版になっていて、図書館などで借りる本でした。
川瀬 僕も『湖国びわ湖の魚たち』は図書館で見たぐらいです。滋賀県中学校教育研究会理科部会編『滋賀の魚・図解ハンドブック』(新学社 1987年)という、理科の教員の方たちがつくった本を使っていました。
藤岡 そのぐらいお二人と私は世代が違うのですが、この本自体が入手しづらくなり、内容もそれぞれの魚にまつわるエピソードを書いた読み物的なものだったので、学術的な研究成果をまとめた図鑑が必要だと思っていました。
最初に思ったのは、琵琶湖博物館が開館した平成8年(1996)年の翌年、平成9年ぐらいです。琵琶湖文化館から引き継ぎ、さらに大規模な水族展示となって琵琶湖の魚への関心が非常に盛り上がっていたので、水槽で泳ぐのを見るだけではなく、深く知ってもらうために必要だと感じたからです。残念ながら形にはなりませんでした。
──その後、小社(サンライズ出版)へは、藤岡さんが滋賀県水産試験場の場長をなさっていた平成24年(2012)に、一度ご相談いただきましたね。
藤岡 それは、琵琶湖博物館開館20年に向けてリニューアル計画が進んでいたので、それに合わせて出そうと考えた2回目の時です。何人かの研究者にお声掛けをして原稿を集め出したのですが、これもうまくいきませんでした。
今回、平成9年から数えると27年越しに「三度目の正直」で完成できたので、個人的には非常に感慨深いものがあります。最初に川瀬さんに声を掛けて「オーケーですよ」と即答していただき、田畑さんも誘うと「やりましょう」と言ってもらえたと記憶しています。
川瀬 僕は滋賀県出身で、琵琶湖の魚は小さいころから関わってきて、いまに至っているので、すごく光栄だと思いました。非常に忙しい時期でしたが、実現させたいなという気持ちは強かったです。
田畑 もちろん僕もですが、途中にはコロナ禍になって県職員として保健所に交代で応援に行くような時期があったり、令和5年(2023)2月に琵琶湖博物館のビワコオオナマズもの水槽が壊れるといった出来事もあり、果たして本当に完成させられるのかと不安になる時もありました。
──掲載85種の解説は、藤岡さんが10種、川瀬さんが18種、田畑さんが7種の計35種を担当なさり、残り50種と貝類・甲殻類はそれぞれの研究者の皆さんで、他分野の方も合わせて30人ほどになっていますね。
川瀬 魚の分類群ごとや、滋賀県でその魚について熱心に研究・調査をなさっている人を中心に依頼しました。
藤岡 ヒガイ類の解説を執筆いただいた元魚類学会会長の細谷和海さん(近畿大学名誉教授)のような大御所から若手研究者の方まで、皆さん、本当によく引き受けてくださったなと思います。
田畑 基本的には皆さん、喜んで引き受けてくださり助かりました。唯一、ギンブナは、大学院の後輩で写真提供もしてくれている三品達平さん(九州大学助教)にお願いしたかったのですが、大学の異動などの時期に重なってしまい、僕が書いて三品さんにも確認いただくかたちになりました。
藤岡 われわれ3人が、私は魚の生態、川瀬さんは魚の分類、田畑さんは遺伝子を用いた種分化の研究と、それぞれが違う分野から見た琵琶湖の魚という視点で取り組めたのも、うまくいった要因かなと思っています。
──執筆にあたって苦労なさった点はありますか。
藤岡 じつは解説の文章よりも写真が大変でした。大手出版社から出ている図鑑はプロカメラマンに頼んでおられますが、この図鑑ではごく一部を除いて、解説執筆者がそろえました。県外にもいる魚についても、できるだけ滋賀産、琵琶湖産の魚の写真をご用意いただくことができました。
──特に貴重な写真などはありますか。
川瀬 琵琶湖文化館と琵琶湖博物館で撮りためている写真は、基本的には貴重な写真ばかりですね。学芸員だった松田尚一さん、前畑政善さん、秋山廣光さん、松田さんの息子の征也さんらが撮りためた写真があるので、本書の完成もその積み重ねがあってこそという面があります。
アブラヒガイの写真などは本当に貴重です。いまもう、アブラヒガイ自体が、ほとんど見つからないので。
田畑 この写真は琵琶湖文化館の時代に前畑さんが撮影なさったもので、最初に話の出た『湖国びわ湖の魚たち』の改定版(昭和61年)へ、昭和57年(1982)に細谷さんによって新種記載されたアブラヒガイが追加で掲載された時に使われたのと同じ写真です。
川瀬 あとは、手前味噌ですが、僕が担当したカマツカ類のページに掲載した朝鮮半島にすむ近縁種の写真も、日本の図鑑ではなかなか見られないものだと思います(右下の写真参照)。ゼゼラ属は日本にはゼゼラとヨドゼゼラしかおらず、ムギツクも日本にはムギツク属の1種類しかいないのですが、韓国にはわりと多くの近縁種がいるので、韓国の知り合いの研究者から提供いただきました。
※1 『湖国びわ湖の魚たち』 1980年に初版(写真上)発行、1986年に改定版発行、1991に増補改訂版(写真下)発行。
多くの魚の生態はまだ謎だらけ
──写真でいうと、藤岡さんの2回目の計画にあたるご相談の時に、ビワマスの解説ページの見本組を作成しました。ビワマス 以外の魚だと卵や稚魚の写真がない種も多いと言われて驚いたのを覚えています。
藤岡 研究者が多く、いくつも論文が出ているような魚はよいのですが、そうでない魚はわからない部分も多いですね。琵琶湖固有種の魚でもそうです。
川瀬 スゴモロコは、柿岡諒さん(琉球大学熱帯生物圏研究センター特命助教)が執筆なさったこの図鑑の記述でいうと、「沿岸域で水底に産卵すると考えられる」のですが、「産卵が直接観察された例はまだない」ので、本当にその場所で産んでいるのか確証は得られていません。デメモロコも、「野外で産卵を観察した例はまだない」ので、「内湖や河口などの浅場で水底に産卵すると考えられる」だけの状態です。
田畑 デメモロコは、水深が2〜3mのところで産むとされています。僕は釣りが好きなので、デメモロコの産卵期に、岸辺からお腹がふくらんでいるメスや腹を押せば精子が出てくるオスを釣ることがあります。ですから、たぶんここら辺で産んでいるんだろうなとわかるのですが、水深数mのところにわざわざ潜って調査はしないので、産みつけられた卵の写真もないままです。
ホンモロコだったら、湖岸に生えている水草やヤナギの根っこが水中に露出しているところに寄ってきて、そこを見れば卵がついているので明らかなのですが。
藤岡 ホンモロコは非常にわかりやすい。私が担当した解説では、産卵行動から卵、仔魚、稚魚まで自分で撮影してきた写真を掲載しました(下の写真参照)。
田畑 川を遡上して産卵する魚の場合でも、ハスなどはオスとメスがやってきて行う産卵行動がよくわかるのですが、やはりわかりにくい魚もいます。もしかしたら、普通に泳いでいるふうに見えながらパッと産んでいるだけかもしれないのですが。
たぶん1年に1回しか卵を産まない日本の淡水魚の場合は、産卵行動の研究がとてもリスキーなせいでもあると思います。スゴモロコなら春だけ、ハスなら夏だけなので、大学生4年生が卒論でスゴモロコの産卵を見ようと思っても、4月だったらもうほぼ終わっています。
川瀬 それと、人が行って観察しやすいところの種はよいですが、深いところで産卵したり成長する種は観察すること自体が難しいという面もあります。研究室でも学生を危ない場所へ行かせるのは避けますから。
田畑 ただ、最近は水中ドローンや、定点観察のためのタイムラプスカメラ※2などもできてきているので、それを用いた研究も出てくるでしょうね。
──技術の進歩で、新たな発見もあるかもしれないと。
田畑 じつは僕はそれをやりたいなとずっと思っているんです。これまで調査ができていなかった琵琶湖の水深2m以深の場所での魚の産卵行動などについて調査をしたいのですが、忙しいのでなかなか時間がないまま、取り組めていません。
藤岡 魚に関する研究は、食用かそうでないかの差も大きいですね。水産業で漁獲されている魚は水産試験場や漁業関係者が生態を知りたいと思うので、研究は進んでいます。全体では食用とならない魚のほうが多いので、いまでも、かなりの魚に生態上で不明な点がたくさんあります。
川瀬 魚類学のベースは水産学からきていて、1960年代になって、ようやく水産業とは別に純粋な魚類学をやろうと言われ始めました。日本魚類学会が設立されたのは昭和43年(1968)です。非商業種の、水産事業者以外の研究が盛んになり始めたのは、それ以降ということになります。1970年代は工業化による水質汚濁や河川の大改修などが問題視され、開発対自然保護でバチバチやり合って研究どころじゃなかった時期もあったようです。
藤岡 研究対象には流行り廃りもあって、琵琶湖の固有種を対象に、川那部浩哉さん(琵琶湖博物館初代館長)の世代がハスやゲンゴロウブナ、ホンモロコなどを熱心に研究なさって、論文も多く出た時期がありました。
それが、だいたい一巡すると、海外の古代湖であるマラウイ湖(アフリカ東部)などでの研究に移っていって、琵琶湖の魚があまり研究対象にならなかった時代が、わりと長くあって、その時期はデータがほとんど蓄積されていません。
川瀬 1970年代から80年代にはそれぞれの魚の生態をくわしく記載する研究がたくさんあったのですが、最近は減っています。そうした研究があまり評価されないからなのか。
田畑 評価されないというよりは、単純に大変だからやる研究者がいないのでは。
僕が担当したナマズ科の場合、前畑さんがビワコオオナマズの産卵などを調査され、イワトコナマズについては新種記載なさった友田淑郎さんが生態や行動について記載なさっています。それでも、産卵については水深10mのところへダイバーが夜に潜って、岩の隙間にたくさんいるのを見つけたという段階にとどまっています。産まれた稚魚たちはどこに行ったのかとなると、まったくわかりません。生後1年でどれぐらいの大きさになるかも飼育下であって、野外でのデータはありません。実際、謎ばかりです。
川瀬 かなり研究されているナマズ類でもそうなので、他の魚はあまりわかっていません。特にヌマムツの場合、昔の標本を見たら、必ず琵琶湖産としてヌマムツの標本が出てくるほどありふれた魚だったのに、現在、琵琶湖と内湖ではほとんど見られません。ただ、扇状地の水路などにはいるんです。なぜ、琵琶湖と内湖で姿を消したのかは、正直よくわかりません。おそらく何か生態と関係しているのでしょうが、ヌマムツの生態を専門にしている研究者はいないので、いまのところ原因不明です。
ワタカも、国内外来種としている九州では増えているのに、なぜ琵琶湖では増えないのかが謎とされています。産卵期の水位上昇が要因と考えることもできそうですが、はっきりとはわかっていない状態です。
不明な生態が多いので、種によっては解説部分のスペースをどうやって埋めようと苦労なさっていた執筆者もおられました。
※2 タイムラプスカメラ 数秒から数時間ごとに静止画を撮影し、短時間に縮めた動画を作成できるカメラ。長時間におよぶ実験や野外観察に利用される。
地学や気候学の成果と合わせて考える琵琶湖の魚の進化
──この図鑑を通して読んで、興味深かった箇所というのはありますか。
藤岡 私としては、国松翔太さん(京都大学理学研究科博士課程)がお書きになったコラム「ヨシノボリの交雑─琵琶湖水系は〝種のるつぼ〟か」がとても興味深かったです。ハゼ科で平成29年(2017)に新種記載されたビワヨシノボリと、同じく琵琶湖固有種であるオウミヨシノボリ、それから滋賀県では大戸川水系にだけいるシマヒレヨシノボリが、いろいろ交雑をしながら種分化をしてきた、交雑種は分布域に偏りがあるという内容で、そんなダイナミックな展開をしているのかと驚きました。これは、おそらく読者のほとんどもご存じないことだと思います。
川瀬 やはり琵琶湖は近縁種の種分化の場であると同時に、近縁種どうしが交わる場であるという、両方の側面があって、それが琵琶湖の魚種の複雑さ、多様性を高めているんだなというのを実感できる内容でした。そのヨシノボリ3種についてもですし、柿岡諒さんに書いていただいたスゴモロコの解説でふれられているコウライモロコとの関係なども興味深かったです。
また、細谷先生に書いてもらったビワヒガイも、長頭型のツラナガ、中間型のヒガイ、短頭型のトウマルと、昔から呼ばれてきた3種について、図入りで解説していただけたのもよかったです。それぞれの関係性や、トウマルとカワヒガイの関係などまだまだわからない点も多いのですが。
──一つの種とされているが、さまざまなタイプが見られる場合ですね。
川瀬 ヒガイ属は分岐が浅い種なので、遺伝的にも混ざりやすく、余計に本当の姿は見えにくくなっているような気がしますね。
田畑 僕自身はタニガワナマズの発見や新種記載にも関わらせてもらっていますが、これが専門という魚はないんです。遺伝子分析による研究では、琵琶湖の魚はコイ科が多いので、コイ科に関しては一通りは知っているつもりでいたのですが、改めて卵の大きさや生態について初めて知る知識もあって、勉強になりました。
一番印象に残ったのは、「第1章 魚たちのすむ琵琶湖」です。琵琶湖博物館学芸員の里口保文さんの「琵琶湖の成り立ち」、同じく林竜馬さんの「琵琶湖地域の気候の変化」、藤岡さんの「琵琶湖水系のさまざまな環境」、川瀬さんの「琵琶湖水系の魚類の分類」、そして僕自身が書いた「琵琶湖産魚類の起源とその分布の特徴」と5節あるのですが、これらは全部がつながっているともいえます。
僕は進化や種分化について研究しているので、論文を書くために必要ですし、琵琶湖博物館で一緒に仕事をしているので知識があったのですが、魚だけやっている研究者だと知らない、魚だけについて書かれた図鑑だと載らない情報だと思います。それが、一冊の中で読めるというのはすごいなと思います。
藤岡 ありがとうございます。この図鑑の構成上の最大の売りはここです。田畑さん担当部分の最後に掲載された図(下の図)で、古琵琶湖の変遷と、どの古琵琶湖の時代にどの種が分化したかを見て、いろいろ考えてもらえたらと思います。
タネを明かしますと、図鑑の第1章の構成をこのようにしようと思ったのは、雑談からなんですよ。僕は現役の研究員だった頃、昼ご飯を地学の研究室で食べていたんです。そこで、林さんたちの研究内容を聞いていたことが、図鑑に入れようと思ったきっかけです。
田畑 これまでは基本的に琵琶湖の固有種、例えばホンモロコ、イサザ、ビワマス、アブラヒガイ、イワトコナマズなどは、すべて現在の琵琶湖に適応したかたちをしているので、現在の琵琶湖の大部分にあたる北湖が形成された40万年前以降に、その環境へ適応して新しい種になったのだろうと考えられていました。
ところが、DNA測定で種の分岐時期を調べると、それ以前のいろいろな時代に系統としてはすでに分かれていたことがわかりました。僕自身がこの研究をしていて、「へえ、すごい。こんなに分かれるんだ」と一番驚いた点です。
──ホンモロコやゲンゴロウブナ、イサザ が、約250万年前の蒲生沼沢地だった時代に分岐しているのは意外ですよね。
田畑 大げさに思われるかもしれませんが、「進化とは何か」という問いにもつながる、琵琶湖の魚の裏に隠されている壮大な歴史を知ってもらえるものだろうと思います。
藤岡 林さん執筆の「琵琶湖地域の気候の変化」に、500万年にわたる琵琶湖地域の気温変化のグラフが掲載されています。
魚の生態をこれに当てはめて考えると、川那部さんは、琵琶湖産のアユが全国で放流されている理由に縄張りを強く持つことをあげ、その理由を考察して、エサが少なくなった氷期を生き抜く過程で獲得された習性ではないかと推定なさいました。気候変化のグラフを見ると、約10万年前にものすごく気候が大きく変動しています。
今後は、ある魚がとても変わった生態をしていることがわかった場合に、その種が別れた時期と、琵琶湖の地史や気候変動の影響などを具体的に当てはめて考察することができるわけです。これは非常に大きな変化だと思いますね。
──琵琶湖の場合、ちょうど規模的にもよいのかもしれませんね。
藤岡 この琵琶湖地域というのは、固有種が16種もいるし、それが古い時代から食料として、漁業の対象として湖岸に住む人々の暮らしを支え、特有の食文化も生まれました。そのように、一つの地域でコンパクトにいろいろな物語が成立しているので語りやすい、モデルとしやすいという点が、とても大きな特徴だと思います。
田畑 人々の暮らしとの関わりの話が出ましたが、僕自身が小中学生ぐらいまでは、魚の研究者ではなく、歴史の研究者になりたかった人間なので、「第4章 琵琶湖の漁と食文化」に書かれた魚を獲るための漁法や伝統食も読んでいておもしろかったですね。これらが一気に読める図鑑は、あまりないのではないかと思います。
魚たちの現状も読み取ってもらいたい
──人と魚の関係というと、絶滅危惧種や外来種の問題もありますが。
藤岡 この図鑑に掲載された魚種の半分以上は、残念ながら滋賀県レッドデータブック※3にも載っています。最近、特にタナゴ類などの在来の魚が少し増えている傾向にあるので、この状態が続き、駆除によって減ってはきている外来魚のブラックバス(オオクチバス)とブルーギルが、将来的には珍しい魚ぐらいになればと願っています。
田畑 この図鑑には、滋賀県では絶滅種とされているイタセンバラやニッポンバラタナゴも載っています。まだ絶滅宣言はされていませんが、ほぼ絶滅したであろうアユモドキも。かつては琵琶湖にいっぱいいたのに、周辺に追いやられてしまった魚もいます。
例えばワタカは、解説を担当いただいた根本守仁さん(滋賀県水産試験場)もお書きのように、標識放流調査を行ったところ、採捕されたワタカは全部、放流魚だったという残念な結果でした。僕が遺伝子を解析した研究でも、ワタカは遺伝的多様性がゼロなんです。つまり獲れたすべての魚が放流由来であることを示唆する結果でした。
こうしたそれぞれの魚が置かれた状況についても書いているのが、この図鑑のよい点でもあると思います。
川瀬 僕が担当したヤリタナゴもキャッチコピーに「琵琶湖を追われ扇状地に残るボテジャコ」とあるように、現状の分布だけを見ると、扇状地を流れる川にいる魚というイメージになってしまうのですが、海外の博物館に保存されている琵琶湖産魚類の標本や1960年代のタナゴ類調査の記録をもとに、本来は琵琶湖にたくさんいたという点を強調しました。
最近数十年の間に起こったような生息域の変化なども若い世代が読み取ってくれて、これからの琵琶湖の保全を担う人たちがたくさん出てきてくれたらいいなと思っています。
──3人のうち、どなただったかは忘れましたが、印刷に回った頃にもう次の改訂版の話をなさっていましたね。
田畑 この図鑑では、スナヤツメは「北方種」と「南方種」をまとめて書いていますが、水産研究・教育機構水産大学校の酒井治己名誉教授らが遺伝学的・形態学的再検討を行い、それぞれ「キタスナヤツメ」と「ミナミスナヤツメ」が新標準和名となりました。つい先日(12月6日)、日本魚類学会が発行する国際学術誌「Ichthyological Research」にオンライン掲載されたばかりの情報です。
川瀬 改訂版では更新していかないといけないですね。
藤岡 琵琶湖の魚の種類も、今後こうした検討によって少しずつ増えていくものと考えられます。
田畑 国のレッドリストや県のレッドデータのそれぞれのランクも掲載していますが、これも種類によっては変更されていきます。
図鑑というのは、完成して「はい、終わり」ではなく、今後もわりと頻繁に改訂版をつくることになりそうです。
川瀬 ようやく現代に使えるベースとなる図鑑ができたというイメージだと思います。
──11月17日に琵琶湖博物館で開催された「びわ博フェス」での、藤岡さんによる講演「新たな図鑑でわかったこと」では、会場の子どもたちにも熱気がありました。
藤岡 壇上から「琵琶湖の固有種は何種いると思いますか?」と質問したら、ちゃんと答えてくれたので、すごいなと思いました。
川瀬 あの子たち、この図鑑を持っていましたね。
田畑 琵琶湖博物館では学芸員が交代で質問コーナーに座っているのですが、僕が担当の時に、この図鑑を持った小学生が「サインしてください」と言って、来てくれたこともあります。
川瀬 小学校からこの図鑑を読んで育っていったら、僕らとは比べものにならない知識を身につけた大人になるんじゃないかと思ってしまいます。
藤岡 「びわ博フェス」の講演でも言ったことですが、この図鑑を手にとった子どもたちが成長して、琵琶湖の周辺で、琵琶湖の生き物の生態を調べたり、魚やその生息域を保全する活動にたずさわってくれたらと思います。将来に期待ですね。
──本日はお忙しいところ興味深いお話をありがとうございました。
(2024.12.10)
※3 滋賀県レッドデータブック レッドデータブックとは、生息地の調査により絶滅が危惧される野生動植物を選定して、その現状などをまとめた報告書。滋賀県では、おおむね5年ごとに刊行している。
編集後記
今回の特集取材で琵琶湖博物館にうかがったのは昨年12月10日だったので、水族展示室でヒウオ(氷魚)と呼ばれるアユの仔魚が季節限定の展示中。照明でキラキラ光りながら泳ぐ姿を見ることができました。11月1日から下流域水槽に入っていたビワマスの赤い婚姻色の出た成魚は、12月7日に最後の1尾が死んでしまっており、残念ながら見られず。11月だと婚姻色の出たカネヒラのオスもバエるそうです。(キ)