座談会:新しい文化館は、三つの機能をもったミュージアムとなります

官民双方の得意を活かす「PFI手法」を採用

──琵琶湖文化館は、休館してから何年になりましたか。

雲出 平成20年(2008)4月から休館しましたので、16年が経ちました。

田澤 30代の人だとぎりぎり入館したことがあるくらいですので、琵琶湖文化館のことをご存じない方がたくさんいらっしゃるかと思います。当館は、昭和23年(1948)設立の滋賀県立産業文化館を前身として、昭和36年(1961)に美術館、博物館、水族館、文化財受託庫、展望閣を備えた総合博物館として開館しました。ですから、開館して63年になります。

 開館した当時は一種のレジャー施設のようなものとしてとても賑わいがあったのですが、その後、近代美術は県立近代美術館(現在の県立美術館)に、水族部門は県立琵琶湖博物館に移管されました。県の財政状況の悪化や施設の老朽化などの理由により休館し、いまに至っています。

休館中の滋賀県立琵琶湖文化館

休館中の滋賀県立琵琶湖文化館

雲出 休館中も、館外での収蔵品の展示と情報発信などをできる範囲で行ってきました。ただ、休館が長期化したこともあり、滋賀県の文化財についてご関心のある方には、たいへんご心配をおかけしてきました。

 紆余曲折はありましたが、ようやく新しい文化館を開館しますというご報告ができる状態になりました。まず、この機会に休館中の文化館、計画中の新しい文化館に対してさまざまなお力添えをいただいた皆さんに感謝申し上げます。

──昨年、入札があって、10月に落札業者と契約が結ばれ、開館は3年半後ですね。

雲出 令和9年(2027)12月にオープン予定で、PFI※1手法という事業方式がとられます。設計・建設・維持管理、一部の運営を一括して、民間の事業者にお願いする方式です。滋賀県内では、「コラボしが21」※2も同じ方式がとられたかなり早い段階の例で、近年だと「滋賀ダイハツアリーナ」などでも採用されています。

 美術館・博物館としては、県内では初めてで、全国でもまだ数えるほどしかないはずです。代表的なところでは神奈川県立近代美術館。修繕になりますが、福岡市美術館。新規の設立館では、来年春にオープン予定の鳥取県立美術館がそうです。

 この方式のメリットは、設計・建設を一括発注することで、維持管理・運営を含めた総合的かつ合理的な施設計画をつくることができる点です。また、役割分担上では、収蔵品や寄託品の受け入れ、保管、展示のような行政が得意とする部分は県が直接担当し、建物の維持管理や警備業務、集客や観光案内など、民間のノウハウが期待できる部分は民間にお願いします。

──設計の段階で、学芸員の皆さんがご希望をお出しになったりしたのですか。

和澄 先に要求水準書という設計・建設、後の運営まで含めた膨大な仕様書にあたるものを作成して、事業者の方々に示しました。例えば、展示室と収蔵庫の大きさはこれぐらい、収蔵庫内の温度と湿度の設定はどれだけにといったことが書かれています。これに基づいて、事業者の側からも提案が出されます。最終的に決定した事業者さんとは、その後も2週間に一度ぐらい設計会議の場をもうけて、館の学芸員、滋賀県の担当者、事業者が協議してきました。

 PFIで特徴的なのは、設計業者と県だけで設計を進めるのではなく、建設、管理、運営の各担当会社にも協議の場に同席してもらい、みんなで設計を考えるところです。
 そのため、トータルで設計を考えることができ、使い勝手のよい建物をつくることができます。設計図を見た建設会社が「こんなの無理!」というような設計にはならないわけです。


※1 PFI Private Finance Initiative(プライベイト・ファイナンス・イニシアティブ)の略。公共施設の設計、建設、維持管理や運営に、民間の資金とノウハウを活用する事業手法。

※2 コラボしが21 県下の商工団体、労働福祉団体の拠点として、平成16年(2004)竣工。


設計コンセプトは「湖国の夢と滋賀の宝を未来に伝える希望の船」

──外観のイメージ図が公表されましたね。

和澄 船のイメージです。最近の博物館施設はだいたいそうなのですが、光が入ってはいけない場所も多いので窓がほとんどありません。船形を2層積んだ巨大な2階建てに見えますが、実際は4階建てです。

雲出 建物は、「湖国の夢と滋賀の宝を未来に伝える希望の船」というコンセプトです。立地が大津港からすぐであることに加え、その中に文化財1800件、点数にして1万点を超える収蔵品を、浸水想定、耐震の面でも安心な建物で運んでいくというイメージです。

──そう聞くと、北側からのイメージ図は「ノアの方舟」みたいですね。

雲出 1階に無料ゾーンとして、常設展代わりに誰もが気軽に入っていただき、近江の文化財に親しめるスペースを設けます。受付と講堂・研修室があり、貸館もされる予定です。2階が事務部門で、3階がまるまる収蔵庫、一番上の4階は展示室と展望テラスです。

──今年度末には建設が始まるのですね。

雲出 はい。ほぼ丸2年かけて建設され、令和9年度から開館準備を始めます。

和澄 スケジュールをご覧になって新館の着工からオープンまで、ずいぶん期間があるなとお感じになると思いますが、できたばかりの躯体コンクリートや内装材からは文化財に悪影響を与えるアンモニアや有機酸などの有害物質が出ます。文化庁の指針では、国宝・重要文化財を入れる収蔵庫や展示室を建設した場合、「枯らし期間」といって2回の夏を越えて、温度・湿度とともに有害物質などの数値が安全と確認できて初めて文化財を搬入することができます。つまり、令和9年夏までが「枯らし期間」となります。

──なるほど。

和澄 建物の内部は、展示室が約800㎡、収蔵庫が約1500㎡ですので、収蔵庫は展示室の2倍近い広さがあり、国宝・重要文化財を収蔵できる施設としては県内では最大、全国でも有数の規模になります。展示室は、それほど広くありませんが、基本的に、レプリカなどではなく、本物だけをご覧いただく方向を考えています。

 そもそも指定文化財の場合、展示期間に制限があるので、頻繁に展示替えをする必要があります。展示替えをたくさんする分、多くの本物をご覧いただければと思っています。

 収蔵庫は現在の3倍ほどの広さになります。今後、社寺や地域で保管なさっている文化財が維持できず、当館に寄託なさるケースがかなり増えてくるものと考えられるので、それを見越して、開館後30年間は、寄託や寄贈に対応できるだけの広さを設けました。

雲出 ただし、30年分のスペースというのは、あくまでも試算であって、そのスペースをもってしても、すべての寄託を受け入れることは難しい側面はあります。

 地域の文化財は、それぞれの地域の誇りでもありますから、まずは地域で守っていただくことが基本ですし、そのサポートもしていきたいと思っています。それでも、これから少子高齢化にともなって、現状維持が難しくなる地域もあると予想され、そのセーフティーネットの役割を果たします。

武内 そのほか災害などの際に文化財を一時的に預かることを想定し、収蔵品保管の収蔵庫とは区分した「文化財緊急保管庫」も設ける計画です。

田澤 建物の話題としてつけ加えると、約200人が座れる講堂が1階につくられます。ここに滋賀県立産業文化館から琵琶湖文化館別館に引き継がれた杉本哲郎※3の壁画「舎利供養」が設置され、公開日にご覧いただけるようになります。


※3 杉本哲郎 (1899〜1985)大津市生まれの日本画家。インド古代壁画様式に影響を受けた宗教画で国際的な名声を得る。


新しい琵琶湖文化館の階層平面図

新しい琵琶湖文化館の階層平面図

一つ目は、ミュージアムとしての従来の博物館機能

──展示や活動についての基本方針にあたるものも決まっているのですか。

雲出 「近江の文化財で〝つなぐ〟〝ひらく〟未来の滋賀」を基本理念に、三つの機能をもつものとなりました。一つ目は文化財の収蔵・展示など従来の博物館機能。二つ目が地域の文化財のサポートセンターの機能。三つ目が文化観光の拠点となるようなビジターセンターの機能です。

 建物の計画段階から、単なる博物館の建て直し、再開館ではなく、地域文化財のサポートも博物館自身がやっていきますという意思表示のもと、いろいろな計画を進めています。

──まず一つ目の、展覧会など従来の博物館機能についてはいかがですか。

田澤 私は、まず子どもたちに来てもらいたいなと思っています。文化財を守り、次世代につないでいくためには、子どもたちが文化財に親しみ、大切にする意識をはぐくむ必要があります。新しい文化館にはその役割があると考えていまして、1階の無料スペースが近江の文化財について気軽に学んでもらえる場所になればと思っています。4階の展示室はちょっと専門的な内容の展覧会が多くなると思いますが、なるべく興味を持ってもらえるしかけをつくり、また夏休みなどには、子ども向けの展覧会も企画できればと思っています。

和澄 休館する前は文化館も、滋賀県立びわ湖フローティングスクール※4の学習船「うみのこ」による寄港地活動の拠点の一つになっていたので、それを引き継いでいければよいですね。

田澤 時間的には、4階の展示まで見てもらうのは難しいかもしれないのですが。

雲出 でも、フローティングスクールの対象は小学5年生ですよね。社会科で歴史を学ぶのは6年生からだから。

和澄 小学生に、文化財の魅力を理解してもらったり、なるほどと思ってもらったりするのは、簡単ではないと思うんですが、やっぱり博物館に来たことを記憶にとどめておいてほしいですね。「なんか、怖い顔をした仏さんがいた」とかでもよいので。

近江の文化財を継ぐ─修理・複製・復元─

令和5年度琵琶湖文化館地域連携企画展〔第4弾〕として滋賀県立安土城考古博物館で開催された「近江の文化財を継ぐ─修理・複製・復元─」

──子どもは仏教美術などを怖がりますよね。私も家の仏間が怖かったですから。

和澄 大人になっても覚えているような強い印象を残せれば、それだけで成功なのではないでしょうか。いろんな感受性を持った子どもたちが、全員「わあ、よかった」と思うのは難しいでしょうから。

田澤 じつはうちの子も1歳、2歳のころに連れて行き、作品を「これは○○だよ」と説明すると、その言葉を繰り返してくれたのですが、5歳の今は暗い展示室が本当に苦手なようなんです。

──一番若手の萬年さんは何かありますか。

萬年 私は福島県出身で、大学も宮城県だったので、4月から滋賀県で暮らすようになったばかりの者です。

 滋賀県に生まれ育った人や長く住んでいる人に、「琵琶湖、すごいよね」とか、「歴史がすごいよね」と言っても、「あっ、そうなんだ……」という感じで反応が鈍かった経験があります。私のような外から来た人間が、すごいとかおもしろいと思うところを伝えていくことで、これまでとは違う視点を提供できるのではないかと考えています。

和澄 滋賀県民にとっては当たり前だけれど、外から見るとすごいところがいっぱいあるとわかれば、地域の文化財を守る動きにもつながっていくと思います。平成28年(2016)に東京国立博物館で、「特別展 平安の秘仏─滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち」と題して、甲賀市にある櫟野寺の本尊である十一面観音菩薩坐像(重文指定の坐像としては日本最大)など20体が公開されたことがあります。観覧者は20万人を超えました。ところが県内でも、「櫟野寺ってどこ?」「何て読むの?」という反応の人の方が多いぐらい、知名度の低い存在でした。

 休館後すぐくらいの平成23年(2011)に韓国の国立中央博物館で開催された琵琶湖周辺の仏教信仰に関する展覧会もとても好評でした。ただ、滋賀県民の多くは、そうした展覧会が海外で開催されたということ自体を知らなかったという面があります。


※4 滋賀県立びわ湖フローティングスクール 大津港に所在する滋賀県の機関で、学習船「うみのこ」による宿泊体験学習を実施。


二つ目は、地域の文化財のサポートセンターの機能

──二つ目の文化財のサポートセンターとしての機能については、いかがですか。

和澄 じつは休館以前の最初期から取り組んではおり、同様の活動は他の博物館でもやっておられます。本来的な博物館の機能の一つであるはずのものですが、あまりオモテに現れることがなく、博物館職員が使命感でやってきたという面が多分にありました。それを設立の理念として掲げる館はほとんどなかったんです。

 基本計画の作成段階で委員を務めていただいた外部の先生方にも、「これを最初から宣言していることは、すごくいいことですね」と、ほめていただいたものです。

──すると、館の外へ、地域に出かけられることが多くなるということでしょうか。

和澄 はい。博物館=展覧会施設ととらえられがちですが、本来の博物館の役割のうち、展覧会は一部というか、表面であって、その背後に多くの部分があります。

 サポートセンターとしての役割を果たすことによって、その文化財のジャンルの研究が進むこともあるでしょうし、サポートさせていただいた文化財を起点にして、これまで日の目を見なかった地域文化財の掘り起こしが進んだり、新たな展覧会の企画につながるようなことも期待しています。

 そうした展覧会ができるまでの過程というのは、これまで目に見えなかった部分でもあります。これまでの博物館は、よそ行きの姿というか、展覧会のきれいに仕上がった面だけをオモテに出してきました。最近は、いろんな博物館が調査風景をSNSで発信したり、動画共有サイトにアップして公開しています。学芸員が地域に出て行って、地域の人たちと関わりを持ったうえで展覧会をやっているという舞台裏を発信していくことも大切かなと考えています。

──現在も文化館さんのホームページにある「あきつブログ」というコーナーで、所蔵品の貸し出しや県内への出張講座のようすなどを紹介なさっていますが、まだまだオモテに出ない活動があるのでしょうね。

和澄 たとえば、私は「文化館でおすすめの収蔵品はありますか」と尋ねられたとき、地域のお寺の法要などで現在も実際に使われている寄託品をお答えしてきました。私たちは「一時返却」と呼んでいるのですが、文化財にとっては本来の場に戻される期間にあたります。

 年間10件以下と数は多くありませんが、毎年だったり、お寺での特別公開の年に「一時返却」される文化財があります。昨年も守山市にある大光寺の誕生釈迦仏立像(守山市指定文化財)という小さな仏像が、当館の前身である県立産業文化館に寄託されて以来、72年ぶりに一時返却されて秋のお彼岸の法要で檀家の皆さんに公開されました。新聞記事などにもなりましたが、館としてもっと発信していければよいなと思います。

田澤 武内さんが、昨年度に滋賀県立安土城考古博物館での地域連携企画展で担当された展覧会も、サポートセンター的な役割を発信する展覧会でしたね。

武内 そうですね。安土城考古博物館の学芸員と企画し、「近江の文化財を継ぐ」というタイトルで、修理、複製、復元の三つをテーマにあげて、文化財の保存に焦点を当てて紹介しました。

 展覧会に出ている文化財は、人間にたとえれば健康というか、展示に堪えうるような状態のものなのですが、文化財の中には長い時を経て、そうとう弱ってしまったものもあります。私たち学芸員はふだん目にしたり、触れる機会がありますが、あまり保存状態に注目いただく機会がないと思います。それらをどのように守り、後世に適切に引き継ぐのかということをお伝えするために開催したものです。

──そうした活動自体が、県民にまだまだ知られていないということですね。

武内 現在は県の文化財保護課にお寺や地域からご相談をいただいて、それを通して文化館がサポートに動くという受け身の体制です。積極的にこちらからサポートします、お困りごとはありませんかと問いかけ、一緒に問題を解決できるような体制が整えられないか。とても難しいことだとは思うのですが、そういう体制ができるように努めています。

田澤 全国的にも最近、修復などをテーマとした展覧会が増えている印象です。能登半島地震の被災地に対する文化財レスキュー事業の一環として、愛知県から博物館の学芸員さんが派遣されたというニュースもあったり。

武内 修理・保存といった裏側に注目が集まってきたことは、新しい館の活動にとってもありがたいことだと思います。

三つ目は、ビジターセンターの機能

──三つ目の観光の拠点としての機能はいかがですか。

雲出 開館当時、湖岸を埋め立てたばかりだった館周辺はまだ開発されておらず、当館は総合レジャーランドのようなものとして県民に親しまれた施設だったとうかがっています。開館する新しい文化館も、子どもから大人まで多くの方に親しまれる施設になっていってほしいと思います。

 滋賀県は全国有数の文化財保有県であり、滋賀県にとって文化財は一つの個性なんだということを全県的にも再認識していただき、文化財の拠点である新しい文化館が観光の案内も担えるよう、陸水交通の結節点である大津港に立地することになりました。

──湖上交通とも協力なさるのですか。

雲出 はい。具体的なことはこれからですが、何かしらの共同企画、例えば船に乗って、琵琶湖に面した 神社仏閣や観光地を巡ったりする、文化館基点の周遊プログラムを実現させたいと思っています。

和澄 滋賀県の文化財は京都と違って県域全体に広がっており、交通の便が悪かったり、予約しないと見られないようなところもあるので、個人でそれらを回るのは、結構大変です。そのネックとなっている部分を解消して参加いただけるようになれば、希望者はたくさんいらっしゃると思います。

雲出 ただ、滋賀県の文化財の特性として、生活に密着しているという点があるので、京都、奈良のように観光地として消費されるのではなく、所在地の地域の方のご理解もいただけるかたちをと考えています。

田澤 そうした観光プログラム的なところもありつつ、先ほどお話しした1階の気軽に学べるフリースペースが、観光案内所のような役割も担います。

 また、4階に展望フロアができるので、そこから望める比叡山などへも観光促進ができるのではないかと思っています。

和澄 比叡山はもちろん、三上山、晴れた日であれば遠く伊吹山だって見えます。冬の晴れた日だったら、本当に福井との県境ぐらいまで見えます。県の一番南から一番北が見えるので、展望スポットとしてもおすすめです。

雲出 観光に関する発信や、外国人向けも含めた観光案内所を運営するには、要件と認定制度があります。その点も、PFI事業者にお願いをしたうえで受注いただきました。観光や集客には民間のノウハウを活用していただくようお願いしています。

 その関連では、月に一度、集客のためのイベントを開催することもお願いしています。これは滋賀の魅力を気軽にみんなで満喫するきっかけづくりをテーマに取り組んでいただく予定です。

萬年 私は絵画化された地域の自然を展示を通してご覧いただき、さらに実際に現代のその場に足を運んで、昔の光景に思いを馳せていただきたいと思っています。

 例えば、琵琶湖の周りに「近江八景」という画題がありますが、その元ネタとして中国の「瀟湘八景」※5というものがあります。中国でも琵琶湖のように大きく、信仰を集めていた湖に八景が選ばれ、琵琶湖にも同様の見立てがなされた過程にとても興味があります。

 中国の瀟湘八景と比べることによって、東アジア世界全体から琵琶湖を感じるという視点も持っていただけると思うので、近江八景を扱った絵画作品の展覧会はいつかやってみたいですね。

和澄 もちろん現状はまったく変わってしまってはいますが、それぞれの土地に時代の変遷、歴史を見るというのは、地域・地方博物館にとって重要な視点だと思います。

 また、「ああ、きれいな絵だったね」で終わらせず、何かを持って帰ってもらって、次につなげるような展示が、今後は重要になってくるのではないでしょうか。


※5 瀟湘八景 瀟湘は、中国の湖南省を北流する瀟水と湘江が合流する洞庭湖に近い辺りを指す。北宋時代にこの地域の8か所の名所が山水画に描かれ、室町時代の日本でもこれにならって琵琶湖の名所を選んだ「近江八景」が生まれた。


他館からの企画や社寺からの提案も受け入れる姿勢で

──これまでのお話につけ加えるようなことはございますか。

雲出 地域連携企画展については、これまで博物館や資料館を会場に催すかたちでしたが、昨年4月には近江八幡市の長光寺というお寺で、当館で調査させていただいた一切経という鎌倉時代に書写された経典を公開し、当館副館長による講演会も開催しました。こうした県内の社寺と文化館とのつながりは、福祉の分野でいう「アウトリーチ」という言葉を使うと強すぎるかもしれませんが、地域への出張サービスのようなものとして続けられればと考えています。

 休館中のため自館での展示ができなかった時に、地域あるいは他の博物館・美術館に展示の連携で助けていただいた経験は、見方を変えれば、当館のレガシー(遺産)でもあります。文化館の学芸員が外に出て行って相談を受ける、それを展示に活かすといった循環が、新しい館のオープン後も引き継げればよいと思っています。

近江国蒲生下郡長光寺の一切経について

令和5年4月2日、近江八幡市の長光寺での地域連携企画展の関連行事として催された講演会「近江国蒲生下郡長光寺の一切経について」のようす(滋賀県立琵琶湖文化館提供)

和澄 基本計画でも、県内の博物館施設のハブみたいな役割を担う話をしていて、それが地域連携企画展というかたちで具体化されていました。新しい館ができて自前で展示ができるようになったとしても、文化館側から外に出て行って展示をする地域連携企画展というのは何らかのかたちでやっていきたいと話しています。

近江湖南に華開く宗教文化

令和4年に野洲市歴史民俗博物館で開催された同館と守山市、琵琶湖文化館による地域連携企画展「近江湖南に華開く宗教文化」

 逆に、他の市町立博物館の側で文化館での展示を企画していただくことも検討してよいと思っています。国宝・重要文化財を展示できる博物館を持っていない市町から、企画に参加していただき、文化財を所蔵するお寺も加わっていただいて展示を組み立てるとか。
 令和4年(2022)に当館の地域連携企画展として野洲市歴史民俗博物館(銅鐸博物館)で開催された「近江湖南に華開く宗教文化─野洲・守山の神と仏─」の場合、野洲市をふくめた旧野洲郡という枠組みとしたので、博物館施設を持っていない守山市にある文化財を展示することができました。銅鐸博物館の学芸員さんだけでなく、守山市の文化財保護課の職員さんとも一緒に企画・調査・展示を行い、非常に充実した内容となりました。

 ハブとしての機能とか役割と言ってしまうと、ガチガチになってかえって活動に制限が生じてしまう面もあるので、できるだけ自由に動ける緩やかな協力体制を続けられればとも思います。現状の地域連携企画展には緩いところがあるおかげで、結構自由に動けるのだとも感じています。
雲出 この記事をお読みになり、新しい文化館の取り組みとご一緒できる企画などありましたら当館へご意見をお寄せください。すべて実現可能とは言えませんが、検討させていただきます。

 最後になりましたが、新しい文化館の整備や活動にあたっては、今後、あらためて寄付等のお願いをすることを考えています。現在も、「滋賀応援寄附」で検索いただくと、滋賀県のホームページに文化財に対する寄付のメニューがありますので、ぜひご覧いただければと思います。

──引き続き、開館までの動きに注目させていただきます。(2024.6.3)


※6 アウトリーチ 英語の「Outreach=手を伸ばすこと」から派生した言葉で、主に社会福祉の分野で必要な助けが届いていない人に、公的機関が訪問支援などを行うこと。

※7 ハブ 英語の「Hub=車輪の中心部」から転じて、ネットワークの中核、集約点のこと。


編集後記

特集記事中の私の発言(6ページ中段)に出てくる琵琶湖文化館ホームページのコーナー「あきつブログ」。「あきつ」とはトンボの古名で、館のてっぺんにあった大トンボ(劣化のため昨年撤去)にちなんだマスコットキャラクター「あきつ君」のことです。記事中の連携企画展や講座などについて、写真入りでわかりやすく紹介されています。今年に入ってからは、放送中のNHK大河ドラマ「光る君へ」関連の話題も多く、ドラマ鑑賞のお供にもおすすめです。(キ)


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