滋賀県庁で記者発表
編者・溪 久さん(滋賀県大津市在住)
[著者・溪 逸哉さん プロフィール]1934年、滋賀県甲賀市信楽町生まれ。1960年、滋賀大学教育学部卒業後、県立高校などに勤務。1995年、石山高校長定年退職。その後、県立体育館長、佛教大学・滋賀大学教育学部講師、民生児童委員などを務める。2019年1月逝去。
夫が遺した原稿を2冊の本に
半世紀ぶりによみがえったセピアの写真と文章
2019年に84歳で亡くなった溪逸哉さんの遺稿を、妻の久さんが2冊の本にまとめた。
逸哉さんは高校教師だった1970年代、滋賀県内の史跡に関する文章と写真をグラフ誌に何回か投稿していた。遺品整理中に見つけた掲載誌は赤茶けて破れそうだった。
「なんとか一冊になりませんか」
サンライズ出版に持ち込み、掲載当時の趣きを残しつつ、多くの人に手に取ってもらえるようなセピア調の写文集として再構成。『昭和のグラフ誌を飾った近江の歌枕 信楽・安土城・幻住庵』として半世紀ぶりによみがえった。
夫婦の旅のメモリアルブック
2013年、逸哉さんは胃がんによる胃の全摘出と、難病「後縦靱帯骨化症」の手術を受けた。術後のリハビリを兼ね、2015年、夫婦で世界一周に参加。旅に魅了され再参加を申し込んだが、逸哉さんの病が再発し、かなわなかった。
逸哉さんは旅の記録をエッセーと写真で残していた。
「夫の思いを形にしておきたい」
旅行記『地球一周してみたら 聞こえた大自然と人々の鼓動』は夫婦の記念碑にもなった。
「2冊とも思い出深い本になりました。書店にも並べていただいて感無量です」
2019年に84歳で亡くなった溪逸哉さんの遺稿を、妻の久さんが2冊の本にまとめた。
逸哉さんは高校教師だった1970年代、滋賀県内の史跡に関する文章と写真をグラフ誌に何回か投稿していた。遺品整理中に見つけた掲載誌は赤茶けて破れそうだった。
「なんとか一冊になりませんか」
サンライズ出版に持ち込み、掲載当時の趣きを残しつつ、多くの人に手に取ってもらえるようなセピア調の写文集として再構成。『昭和のグラフ誌を飾った近江の歌枕 信楽・安土城・幻住庵』として半世紀ぶりによみがえった。
夫婦の旅のメモリアルブック
2013年、逸哉さんは胃がんによる胃の全摘出と、難病「後縦靱帯骨化症」の手術を受けた。術後のリハビリを兼ね、2015年、夫婦で世界一周に参加。旅に魅了され再参加を申し込んだが、逸哉さんの病が再発し、かなわなかった。
逸哉さんは旅の記録をエッセーと写真で残していた。
「夫の思いを形にしておきたい」
旅行記『地球一周してみたら 聞こえた大自然と人々の鼓動』は夫婦の記念碑にもなった。
「2冊とも思い出深い本になりました。書店にも並べていただいて感無量です」
