インタビュー2:リニューアルオープン記念展「Soft Territory かかわりのあわい」について 現代アートの新作展示は、サファリパークに放り出される感じ。

屋根と天井と壁さえあれば、どこでも会場になりうる。

──近代美術館の休館中に県内3か所で開催なさった「アートスポットプロジェクト」が、今回の企画展「かかわりのあわい」の元になっていると考えてよろしいのですか。

荒井 はい。年1回ずつ、長浜市、高島市、東近江市の順で開催した3回の試みを受けてという感じですね。2017年に休館に入って、いくつか館の外でやるプロジェクトが動き始めました。

 その一つが、県内移動展示といって、当館所蔵の作品を県内の別の施設で展示する企画だったのですが、取り組んでみると非常にハードルが高くて。美術館としてとても重要なプロジェクトですが、保存やセキュリティーの条件をクリアした上で展示するには、非常にマンパワーもお金もかかります。

 そこで、もっとフットワークが軽く、かつ、いろんな地域の人々とコミュニケーションが取れるような試みができないかと、僕が企画したのが、若手の作家と展示をする「アートスポットプロジェクト」でした。

 それまでの館蔵品の県内移動展示では、展示可能な施設の方と、組織対組織のやりとりでしたが、このプロジェクトでは、極端に言えば、屋根と天井と壁さえあれば、どこでも会場になりうるという発見もあって、それぞれの地域で暮らす住民の方に助けてもらいながら進めた感じになりました。

──地域ごとのアートに理解のある民間企業と協力してという感じですらなく?

荒井 1回目の長浜市では㈱黒壁さんにいろいろ手伝っていただきましたし、2回目の高島市では、株式会社エーゼロさんにも助けてもらっています。最終的に会場になった場所は、地元の不動産屋さんにお世話になったり、高島市では、農家のおじいちゃんが持っている古い長屋を会場にしたので、本当に個人とのおつきあいの中で開催にこぎつけた感じでした。

──どのように進められたのですか?

荒井 まず、僕がキュレーターとしてエリアを決めて、その中でおもしろそうな場所を探して、会場として押さえる。会場の周辺の文化や歴史をリサーチして、コンセプトを立て、そのテーマに合致しそうな作家さんに声をかけ、作品づくりに取りかかっていただきました。制作期間は半年ほどで、作家さんには無理をお願いした展示だったのですが、非常におもしろかったですね。

 僕個人に限れば、福岡で生まれ、育ちはずっと東京だったので、当館に勤めるまで、関西には修学旅行以外で来たことがないような人間だったんです。すごくフラットな目線の状態で、ディープなところへ連れて行ってもらう経験ができたなと思います。

 開催中も期間の半分ぐらいは会場にいたので、何度も足を運んでくれる地域の方となかよくなったり。美術館の場合、学芸員はなかなか来館者の方と話す機会がないというのもあって、地域の人とのコミュニケーションが密にとれた、とてもありがたい機会だったと思っています。

今回はすべて生まれてきたばかりの作品たちです。

──そして、今回の「Soft Territory かかわりのあわい」です。告知チラシにある河野愛さんの作品(2ページ上)は、何ですか。

荒井 何が撮られているかというと、赤ちゃんの肌に真珠がはさまっています。今回の展覧会のコンセプトについて、作家たちと話し合いをする段階ぐらいでコロナ禍になって、コンセプトを練り直させてもらったんです。そして、「何かとつながる」、「何かと関わる」というテーマが出てきました。

 河野さんの場合、ちょうどコロナが始まる直前ぐらいに出産なさって、緊急事態宣言の状況下で子育てをなさいました。命にはもちろんポジティブな意味もありながら、やはり自分の意思とは関係なく自分の中で育っていく異物感みたいなものもある。それと貝の中で徐々に層を積み重ねていく真珠を接続なさいました。

──実際の展示はどういった形なのですか。

荒井 いわゆる普通に額に入れた写真としての展示ではありません。インスタレーションといって、部屋全体が一つの作品になる形ですね。

 今回展示される作品には、一般的にイメージされる額縁に入った絵とか、展示台に載った彫刻とかというものは、ほとんどありません。

──「アートスポット」の作品でいえば、井上唯さんの《この土地に生きる》は、屋根すらなく、森の中に浮かんでいますね。

荒井 実はこの作品、まだ現地につり下がっているんです。高島市のおじいちゃんが許してくれたので。幸い大雪も大きな台風も、まだ来ておらず。
 今回は井上唯さんが、展示面積としては一番大きくなります。ちょうどいま、作品に使われる琵琶湖の漁で使われた漁網や漂着物を殺虫しています。美術館の中に入れるには、虫が湧いてはいけないので。

 他の作家さんの作品では、3回目の東近江市で展示をしていただいた武田梨沙さんは、エントランスでつり下げての展示になります。新しくお呼びしたお二人も展示室の外で、井上裕加里さんは公園をつくり、松延総司さんは石をばらまきます(笑)。細かいコンセプトはまだお話しできませんが。

──お話しいただける範囲でいうと、何が見どころですか。

荒井 一番はオール新作だという点です。過去作の場合は、ある程度定まった作品の価値を私たちは鑑賞するのですが、今回はすべて生まれてきたばかりの作品たちです。

 過去作を見る展示は、たとえれば動物園や水族館で、ガラス越しに見て、名前、生息地、食べ物が解説板を見ればわかる状態。一方、現代アートの新作展示は、サファリパークに放り出される感じ。どこに何がいるのか、全然わからない緊張感があると思います。

 同じフィールド上に作品と作家と観客がいることになるので、この作品はこういう作品なんだという前提ではなく、この作品は何を言っているんだろうと、コミュニケーションを取っていただく以外ありません。そこで語られているメッセージやコンセプトは、僕らが日常で感じている問題意識に通じているはずですので、作品の発しているものを読み解いてみていただければと思います。

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