将来的には国道307号バイパスの完成も視野に
──信楽伝統産業会館は、40年以上の歴史をもつ館です。まずは、その成り立ちについてご説明いただけますか。
奥田 この館の運営委員会は、陶器をつくる組合と販売する組合と商工会、観光協会、そして行政からそれぞれ委員を出して組織されています。
昭和50年(1975)9月に信楽焼が通産大臣指定の伝統的工芸品※1になったのをきっかけに、「展示館をつくろう」ということで、翌年、当時の信楽町を主体に信楽町伝統産業会館建設促進協議会が発足しました。そして、国と滋賀県と業界がそれぞれ建設費を負担する形で、昭和52年(1977)11月に完成したのが、旧館です。
──今回の移転は、どういった経緯で?
奥田 旧館の建物自体の老朽化もあるのですが、一番の問題は来館者の多くが自動車でお見えになるのに、駐車場が6台程度しかないことでした。新館のできたこちらの土地も駐車場として利用可能だったのですが、雨の日などに歩いていただくにはちょっと距離がある。そこで、信楽地域市民センターの建て替えとあわせて、移転新築することになりました。
信楽駅からも近くなりましたし、こちらの方が明らかに利便性は高いと思います。また、将来的な計画として国道307号のバイパスが東側、大戸川の向こうを通る予定なんです。そちらが完成すれば、東側が正面になるように考えてあります。
──館内の紹介をお願いできますか。
奥田 入館していただいて、エントランスホールの右手奥のスペースは、ゴールデンウィークや10月の「信楽陶器まつり」の期間などに、伝統工芸士の方に轆轤細工の実演をやっていただくコーナーにあたります。新型コロナによる休館で、今年のゴールデンウィークでは実現しませんでしたが。
──受付カウンターは、信楽町観光協会のインフォメーションになっているのですね。
奥田 最初に述べたように、館の運営に参画している観光協会が1階に、2階の1室には商工会が置かれています。
まっすぐ進むと地域市民センターにつながっている廊下の右に「信楽焼ミュージアム」、左に「企画展示室」があります。
「信楽焼ミュージアム」は、京都市立芸術大学の畑中英二教授に展示監修を行っていただき、信楽焼の歴史をわかりやすく学べる場になっています[次ページ 畑中さんのインタビュー参照]。
「企画展示室」は本来であれば、信楽で活躍する窯元、作家さんの作品を展示するギャラリーとして用いる場なのですが、ひとまず「収蔵品展」として、館蔵の信楽陶芸展入賞作品を展示しています。和のものから現代的な作品までバラエティーに富んだ作品をご覧いただけます。
──今は新型コロナの影響でストップした状態かと思いますが、外国人旅行者への対応はございますか。
奥田 海外からお出での方用には、T-VOIX(ティーボア)というフリーアプリをお持ちのスマートフォンにダウンロードしていただければ、展示パネルのコードを撮影すると、英文の文字解説を読み、音声解説を聞いていただくことができるようになっています。
※1 伝統工芸品 昭和49年(1974)に制定された「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」に基づき、主として日常生活の用に供されている、製造過程が手工業的であるなどの要件を満たすもので、現在、滋賀県では信楽焼、近江上布、彦根仏壇の3件が指定。
2月には1年分の入館者数があった「スカーレット効果」
──最近の信楽が注目された話題といえば、NHKの朝の連続テレビ小説「スカーレット」※2の放送がありますが、リニューアル予定が重なったのは……。
奥田 まったく偶然です。新館の建設計画は平成28年(2016)にはできていましたので。
──「スカーレット効果」はありましたか?
奥田 ありました(笑)。去年の9月から始まって、旧館で12月から「スカーレット展」を開催していたのですが、2月の入場者数はいつもの年間入場者数に匹敵するぐらいになりました。およそ2万1000人。空き地の駐車場を借りて対応していましたね。
──それが、途中から新型コロナウイルス問題でしぼんでしまって……。
奥田 残念ながら。けれど、たくさんの問い合わせのお電話などをいただいたので、旧館の方では継続の展示が7月10日から行われる予定です。
また、「スカーレット」で、主人公たちが大きな松明を担いで奉納する印象的な場面として登場した「しがらき火まつり」は、7月25日に予定されていましたが中止が決まりました。
──「スカーレット」では主人公が火鉢の絵付けをしますね。当時の火鉢というのはどういう存在だったのですか。
奥田 あのドラマの時代は昭和30年代初めで、私の記憶にある小学生の頃はもう少し後になるのですが。すでに石油ストーブもありましたが、火鉢の上に鉄瓶をかけておいて、お客さんがあったら煎茶を入れてもてなすというのが、普通でしたね。ストーブの上に鉄瓶では景色的にもマッチしませんから、そこはやっぱり火鉢。「スカーレット」では絵付けを行っていましたが、信楽で一番有名だったのは海鼠釉と呼ばれる紺色のものです[淡海木間攫 其の80 参照]。
──火鉢の後の製品というと何になっていくのですか。
奥田 私が大学を卒業する頃くらいまでに、火鉢に代わって植木鉢が主力商品となります。植木鉢も海鼠釉のものや絵付けをしたものなどいろいろあったのですが、やがてプラスチック製が普及し、オイルショックの影響もあって、下火になっていきます。次に登場したのは傘立てなどでした。
それから、食器や狸などの置き物が注目され、今日に至っています。
──流れとしては、大きなものから小さなものに変わったのですか。
奥田 いいえ。大きなものを作る技術は、陶器のお風呂(浴槽)などに生かされています。当時、植木鉢まではエクステリア(屋外品)で、その後はインテリア(室内装飾品)に移行したと言われましたね。食器以外でも花瓶などが、結婚式の引出物になったりして。
現在は、再びガーデンセットが人気商品に加わるなどして、エクステリアとインテリアの両方という流れになっています。
(2020.6.1)
※2 「スカーレット」 信楽を舞台に女性陶芸家の半生を描いたNHK連続テレビ小説。2019年9月30日から2020年3月28日まで放送。