2005年 7月 23日

琵琶湖のヨシ

13回を迎えた「三方よし 理念普及講座」は今回から三方よしなるほど講座としてリニューアル。
朝から真夏の太陽がギラギラのもかかわらず、ヨシ原からの涼風がさわやか

今回は、ヨシ博物館館長の西川嘉廣さんを講師に、ヨシ博物館の見学と講演会を開催。

第17代のヨシ商を継ぐことなく、薬学の研究に進まれた西川さんは、
退官後のヨシ文化普及への情熱と活動は素晴らしく、
第2の人生を「ヨシの保存と発展を」願い、
ご本人曰く、
「遅ればせながら稼業を継ごうとした」のであった。

今日、参加者された方には、西川さんの思いは十分に伝わったことと思う。

とは言え、決して気負うことなく、淡々としたお話ぶり、そして何よりもジョーク大好きな西川さん。

「簾の需要はめっきりスタレテしまった」が通じなかったことにいささかご不満。

食糧増産のためにヨシ原を水田にすることの要請に断固立ちはだかり、けん命にヨシを守り続けた先代の時代が逆風であり、今、ヨシ保護条例ができ、環境的に追い風となり「皮肉なもの」といわれるが、

研究者としての視点で収集されたヨシ博物館は、まさにご先祖の歴史を伝えると同時に、ヨシに関する広い世界を広げてくれる。

そして、ヨシへの思いが凝縮された『ヨシの文化史』を出版された。

ビール党でヘビースモーカー、そして少し難解なジョークを連発する西川さんの行動は、今後も注目されそうである。

2005年 7月 21日

「青年仏教」終刊

滋賀県米原市のお住まいの橘香薰さんは、長年「きゅうどう」「青年仏教」を発行されてきた。
親鸞の教えをわかりやすく解説した内容である。

すでに35年という長いお付き合いであったのだが、
「『青年仏教』の執筆をやめないと失明する」というドクターの指示に従い、
終に269号で終焉となった。

お元気な時は、毎月決まったようにご来社いただき、2.3時間を要して真剣に校正されていた。
最初はタイプ謄写印刷、そしてタイプオフセット、現在はDTPで組版し、CTP印刷

まさに当社の印刷の歴史そのものの経過をたどった仕事であった。

すでにご来社されなくなって、10年近くになり、校正紙はご自宅にお届けしてきた。

青年仏教の前に発行されていた「きゅうどう」は『正信偈法話』として出版させていただいた。

親鸞の教えを普及するという信念のようなご努力にはまったく敬服する。
生きがいでもあっただろう発行の継続がなくなると

と考えるのはどうやら凡人の浅はかさで、
「これからは気楽な随筆でも書きましょうか」
とのご本人の言葉

どうぞ、お元気で長生きされることを念じるものである。

2005年 7月 8日

伊吹百草の著者紹介

六地蔵 011.jpg福永円澄さんのお布施「石の六地蔵様」

福永円澄さんのお布施「石の六地蔵様」

本日の読売新聞滋賀版で「伊吹百草」の著者、福永円澄さんが本とともに紹介された。

本を手にした福永さんは本当に柔和なお顔であった。
出来上がって以来、毎日町内を配本に出かけておられるという。

営業担当が伺う前にすでに
「円澄先生が持ってきた」とのことばかり

「先生が本ださはったのやてね」
という挨拶もあったという。

まさに「地元の通」と紹介された円澄さんは、知識だけではなく、
そのお人柄で地域の人から敬愛されておられる。

机には、円澄先生のお布施の「石の六地蔵様」が見てくださっている。

2005年 7月 6日

新しくなった小野小町塚

小野小町塚 004.jpg 鳥居本小野の小野小町塚

中山道鳥居本宿から西へ、次の宿場高宮までの途中に小野という集落がある。
ここは中世、東山道の宿場であり、小野好美が奥羽から京に戻る途中、ここで貰い受け娘が、歌人「小野小町」であったという伝承が残る。

いつごろのものかわからないが、小さな祠には小町地蔵が祀られていた。

その祠の老朽化を懸念した地域の人びとの浄財で,先月,新しい祠が出来上がった。
小野の人びとの地域愛に満ちた事業といえる。

以前は祠の中に一対の狐が飾られていたが、新調の祠に狐はいない。
それはともかく、街道沿いの名所の整備は嬉しい。

近江の街道の歴史と今を紹介する近江歴史回廊ガイドブックは、10年をかけて8冊が完成した.
しかし、街道のようすは、日々変化するので、やはり新しい情報をということで

近江中山道」「近江戦国の道」の改定版発行を決めた。

改定版では、小町塚も紹介したい。

秋のシーズンまでの完成をめざし目下、製作が進んでいる。

2005年 6月 29日

琵琶湖の鮎

私ごときでお役に立つのかと心配しながら、平和堂様の中国人社員研修の講師を務めた。
日本流の商いの心、とりわけ近江商人について話をするようにとのことであった。

日本人にお話するのだって危ない私にとっては、前日よりかなり気が重かったが、幸いにも平和堂中国室顧問の唐(とう)先生がうまく通訳いただいたので、かなり理解いただけたようであった。

まもなく創業50年をむかえる平和堂は、彦根で誕生し、県内はもとより北陸、関西圏の次々出店し、昨年は東海地区にも進出している。何かと話題が多い流通業界で堅実な経営を続けておられる。

滋賀県と姉妹提携を結ぶ中国湖南省の長沙市に大型商業施設を建設されたのが平成10年。出店までには幾多の問題があったようだが、開店後は周辺はたちまちに大きく変化をしていると聞く。

創業者、夏原平次郎さんの商いの心はまさしく、近江商人の理念に合致する。とりわけ、「社会と会社」についての夏原さん説は納得のいくものである、早い時期から、企業の社会的責任について言及されている。さらに、企業理念というべき「5つのハトのお約束」では、顧客サービス、良品提供、取引先との信用を重視、みんなの幸せをきずくこと、そして地域社会のためにつくす、ことを唱っている。

夏原さんが、本腰を入れて商売を始められたのは40歳を超えてからのこと。その年の新聞記事で「琵琶湖の鮎と近江商人」をみるや、「琵琶湖の鮎でも大きく育ってみせるぞ」という決心がスタートであったといわれる。

琵琶湖の鮎は、県外の河川に放流されて大きく育つ、一方、近江商人も県外で商いをしたから成功したという話は、滋賀では通説のように語られていた。

この、通説に挑んだのが夏原さんの商い人生であった。ちょうど80歳を迎えられた時、自分史をおつくりになったが、お手伝いした私は、この著作のタイトルは『琵琶湖で大きくなった鮎』に限ると心に決めていた。しかし、どうしてもお聞き届けいただけず『おかげさまで80年』に落ち着いた。

このタイトルは、平凡ではあるが、まさしく夏原さんらしいものだった。と、今になって思う。

この中で一番感銘を覚えた内容が、
強いからといって、自分の欲望ですべてを画一化することはできない。青い空が美しいのは、そこに白い雲が少しうかんでいるからこそ、その青さがさらに際立つといい、商売は、地域の特性、慣習に逆らって力で組み伏せることはできないと主張され、独自路線を踏襲された経緯が記されているところである。

当時、力で組み伏せようとした企業が、今はその方向さえも定まらない状態の中、平和堂さまは、堅実なあゆみを続けている。おりしも本日は、株主総会の集中日、悲喜こもごも、企業の評価がくだされている。

「たとえ他国に行商に出かけても、その国一切のことを大切にせよ」と言い残した、中村治兵衛の言葉が、「三方よし」の原点といわれるが、夏原さんの商売の心は、そのとおりを実践されてきたのである。

2005年 6月 25日

自費出版フェスティバル

流通することはないが、貴重な庶民の生活の歴史ともいえる自費出版。

従来は、特別な人の特権とも言えた自費出版が、今ではかなり手軽にできるようになり、若い人の出版も増えてきた。そしてブログ作家の東條するという状況だ。

社団法人日本グラフィック工業会は、こうした社会的に隠れた存在の自費出版作品に光を当て、文化的な支援を行うことを目的に、1998年に日本自費出版文化賞が始まった。

そして6月1日には、第7回受賞作品が決定し、7月16日には、授賞式が大阪千里ライフサイエンスセンターで開催される。

受賞式当日は、自費出版フェスティバルが同会場の開催される。
自分の作品紹介や、自費出版本のフリーマーケットなど新しい試みも登場。

「私の本を見てください。」
「こんな本知っていますか」
「私はこうして本を作りました」  などなど。

著者たちの交流の場である。

さらにこれから「本を作りたい」という人へのアドバイスも行う。

今年で4回を迎えるが、今年は初めて関西で開催することになった。
例年、京都の丸善や、大阪ジュンク堂などで自費出版を紹介するイベントが開催されているが、一味ちがう、フェスティバルに乞うご期待。

2005年 6月 23日

FM滋賀で紹介

『12歳から学ぶ滋賀県の歴史』は、おかげさまで好評。
発刊以来、執筆の先生方は毎月KBSラジオに登場し、
内容を紹介するなどの献身的な販促も売り上げに貢献している。

今度は、知り合いのHさんの構成でFM滋賀で紹介される。

放送は明日6月27日9時~9時30分の間。
お時間とご興味のある人は是非お聞きください。

もちろん、本の購入もお忘れなく。

2005年 5月 25日

自己紹介

こんにちわ

◇1948年滋賀県彦根市に生まれる。

◇1930年創業のサンライズに入社後、創業者の文化創造事業の志を継承しながら滋賀県における地域出版事業に情熱を傾ける。

◇仕事の周辺
 NPO法人三方よし研究所、淡海文化を育てる会の事務局を担当。
 自費出版アドバイザー、NPO法人日本自費出版ネットワーク常任理事

◇住まいの環境

 自宅にかかる合羽所「木綿屋」の看板は中山道鳥居本宿のランドマーク。

木綿屋 009.jpg

◇私ごと
 庭いじり、花つくり、野山・街道散策の趣味の時間が少ないことが今の少しの不満
 4月から週1回のリフレッシュトレーニングはまさしくリフレッシュタイム

2005年 5月 24日

ウワミズザクラ

今年の春はさっぱり野山に行くことがなく、遠くから野山の移り変わりを眺めていた。それでも何とかウワミズザクラがつぼみのうちには出かけるつもりであったが、どうやら満開の時期が終わってしまった。

滋賀県内の野山のあちこちに多く、白く小さな花が長く密集し、香りがいい。古事記では占いに用いた木としてその名が残る。『里山百花』を著された江南和幸さんはこの花のスケッチを表紙に採用されている。
 
江南さんにそっと教えていただいたのが、ウワミズザクラ酒の造り方である。2003年出版の際にお聞きし、早速試してみた。「上等なリキュールのようですよ」という言葉に、お酒には目がない私は飛びついて、ためした。夏場に氷で割って飲むがよし、また冬には咳き込んだときなどはお湯割りにすると花のとおりがよくなる。
江南さんのレシピより少し甘さを多くしたので、そんなに多くは飲めないが、年中楽しめる。まだ残量はあるが、もう少しすっきり味を試したいと思っていたのであった。また1年のご辛抱というところだ。

季節の移ろいは、おもいのほか、早い。そしてなんともきっちりとやって来る。四季の変化に富む国に生まれたことが嬉しい。さらに自然を享受できる環境に暮らせる幸せをことさら嬉しく思う。

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