2015年 11月 05日

三方よし

先日、産経新聞に「『三方よし』にも批判あり⁉」という見出しが躍っていた。首をかしげながら読み進めると、滋賀県庁で開催されている企画展「滋賀の商業と近江商人」の案内であった。
江戸時代中期以降、全国を商圏に活躍した近江商人は、江戸で「近江泥棒 伊勢乞食」といわれ、その商い上手を揶揄されたこともあった。しかし、近年は情報武装が巧みで、「諸国産物回し」の商法は、各地の経済発展に貢献したことなどが評価されている。同時に彼らの商いの共通理念である「三方よし」が広く知られるようになってきた。
「三方よし」は、自らの利益を優先する以上に、顧客のためを思い、さらには社会全体に益することを念頭に、社会貢献に寄与したものであるとされ、同志社大学名誉教授の末永圀紀さんは「CSR(企業の社会的責任)の源流『三方よし』」とおっしゃる。
近江商人の経営理念であるからさぞやこの言葉は古くから使われていたと思われる向きが多いと思うが、30年ほど前に登場したとされる。近江商人の理念とは別にモラロジー研究所でも、それより少し前より「三方よしの経営」が説かれていたらしいが、少なくとも江戸時代には使われなかったようである。では一体、どのように拡散したのであろうか?その最大の要因は1990年代に滋賀県による近江商人の顕彰事業の展開であったと思う。
『近江商人』の著者、邦光史郎さんの提言を受けて近江商人顕彰事業がはじまり、1991年には「国際AKINDOフォーラム」が盛大に開催された。この時、故小倉榮一郎さん(当時滋賀大学教授)の基調講演が大きく報道され、その後、近江商人の経営「三方よし」が経済界を中心に広まった。小倉さんはすでに『近江商人の経営』(1988)で「利は余沢という理念は近江商人の間で広く通用しているが、ややむずかしい。もっと平易で『三方よし』というのがある。」とされ「売り手よし 買い手よし 世間よしという商売でなければ商人は成り立たないという考えである」と著されている。
この内容からは、すでに「三方よし」という言葉が存在したと思うのは当然なのであるが、近江商人の商家に残る家訓のいずれにも記載がなく、この書が初出ではないかといわれている。その後、三方よしの原典とされる中村治兵衛家の書置きが発見されたが、「三方よし」の記述はない。しかし、他国で商いするときの心得を詳細に説いていた。
滋賀県の近江商人顕彰事業展開の中から広がった「三方よし」は、時には曲解されていることもあるが、近江商人の本質が社会的に認められ、さらには滋賀県人の自信や誇りの醸成につながっていったのではないだろうか。残念ながら2002年に滋賀県AKINDO委員会は発展的に解散したが、その後、私たち事業にかかわった有志でNPO法人三方よし研究所を設立し、近江商人の理念顕彰事業を展開している。ここでは自ら学びながら、事績の探訪や、研修事業を行い、出前講座での普及にも余念がない。本年は、近代から現代にいたる近江系企業人に焦点を当てた事業を予定している。前述の企画展では、滋賀県と摩擦を生じながらも県内の商業発展に尽くしてきた近江商人の素顔を見ることができるという。楽しみな企画展である。(2015年11月4日京都新聞夕刊「現代のことば」より)

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