2018年 9月 09日

「きょうはなんのひ?」ごっこ――たなと『あちらこちらぼくら』

 1年ちょっとぶりの更新である。すべて書いているのは自宅で暇なときにだから、「私事多忙につき」ということで。
 間があいた分、古いネタになるが、荒木田隆子著『子どもの本のよあけ―瀬田貞二伝』(福音館書店)について。サブタイトルにあるとおり、『三びきのやぎのがらがらどん』などの絵本や『指輪物語』などのファンタジー小説の翻訳で知られる瀬田貞二の評伝である。
 出たのは2017年1月、私が読んだのは同年3月。以前の当ブログで書いてきたように、児童文学に興味があるわけではない私だが、読みだしたら止まらないおもしろさだった。瀬田の担当編集者だった著者がおこなった講座(東京子ども図書館主催)、つまり語りをベースにしており、その場のライブ感を失わない(前回の訂正をしたりする)整理の仕方がとてもうまい。
 戦後まもなく瀬田が入社した平凡社で編集にたずさわった『児童百科事典』のことが第1章にあてられており、その作り方を、著者は「猛烈リライト作戦」と表現する。これは、ちょうど当ブログ前々回の「原泉子と〈昭和〉の風景」でもふれた中野重治の短編小説「空想家とシナリオ」に触発されて企画したものだという。「空想家とシナリオ」の主人公・善六が思い描くのは、劇映画ではない。本ができるまでを、紙の原料であるモミの木が切り倒されるシーン、あるいは活字の原料となる鉛をふくむ鉱石が掘り出されるシーンから説き起こす映像、いわゆる教育映画である。
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 さて、アマゾンのサイトにある『子どもの本のよあけ』のレビューで、Toshi Kurokawaが書いているとおり、本書は多くの書評で、「(今では)知らない人が多いかもしれないが」という前置きがついた。3つのうちのもう一つのレビューはそれらに影響を受けてだろう、Green Roomと名のる評者が、「名を知らない人も多いだろう」と書いている。私が読んだ新聞の書評もそうだった。Toshi Kurokawaがあげている毎日新聞の持田叙子によるものだったかは覚えていない。
 何だか、石井桃子について書くとき、「誰もが子どもの頃、世話になった」と書き出すような芸のなさ。少なくとも、私が世話になったのは成人してからである。
 疑わしい前置きが定着してしまいそうで、釈然としない。
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 同じ年(2017年)の11月に、たなと著『あちらこちらぼくら』2巻が出た。「たなと」というのが漫画家の名前である。連載されていた青年漫画誌『ヒバナ』(小学館)が同年8月に休刊し、移籍先も未定だったので心配していたが、ひとまずうれしい。
 東京都内の高校(都立立川高校がモデルのよう)を舞台に、同じクラスの地味め丸刈り・園木と金髪リア充・真嶋の異文化交流を描く。都内の進学校らしく、登場人物の多くは「屈託なさげなキャラ」なのだが、そこはそれ、とくに主人公2人にはそれぞれの事情がある。
 2巻に収録されている第12話は修学旅行の話で、行き先が京都・滋賀の3泊4日。京都で大部屋2泊のあと、滋賀のホテルは2人部屋で、園木と真嶋は同室になる。これは本筋とは関係ないが、お約束の「滋賀ネタ」なので、くわしく書いておく。園木は窓のカーテンを開けて、目に入った夜景に「お…… おお――」と声を出し(しかし、これは滋賀県内のどこの夜景だ? 琵琶湖の湖面は描かれていない)、iPodを取り出してベッドに腰かけ、Starsの「On Peak Hill」を聴き始める。そう、園木は彼の世代では希少な洋楽好きである。
 この設定は園木の性格づけだけはなく、これ以前の回で園木から借りたスティングのベスト盤をかけた真嶋(CDをデッキにかける行為自体がひさしぶり)が、今よりも洋楽が普通に聴かれていた世代にあたる父親との何気ない会話を思い出すシーンに生かされている。
 ぎこちないながら(主に園木のせいで)、つきあいを深めてゆくなか、同じく2巻収録の第16話では、園木の誕生日の放課後、真嶋は二つ折りのメモを園木に手渡す。開いてみると、「じゅうじごろ使った教科書の中」という手書きの文字。その場に園木といっしょにいたクラスメイトの須藤の頭にはすぐさま、瀬田貞二作・林明子画『きょうはなんのひ?』(福音館書店 1979年)の表紙が浮かぶ(漫画だから、左側頭上に描かれている)。
 声を大にして言っておく。
 フィクションの中の例だが、今どきの男子高校生である須藤と真嶋は、瀬田貞二の本を知っているぞ。当然、作者である2012年に商業誌デビューしてボーイズラブものばかり描いている30歳前後とおぼしき女性漫画家も、瀬田貞二の本を知っているぞ。
 ついでだから声を潜めて言っておく。私は、園木と同じ誕生日だったぞ。
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 その後、『あちらこちらぼくら』の連載は小学館の電子書籍アプリ『MangaONE(マンガワン)』で継続されることになった。これはスマートフォンでしか見ることができないので、いまだにガラケーの私は妻のiPhoneを借りて(正確にはその前に妻に頼んで同アプリをダウンロードしてもらって)、新作分を読んだ。一昨日(9月7日)にアップされた第26話が最終回である。さびしいが、紙媒体での第3巻が無事出そうなことは喜ばしい。
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 人物つながりで書いておくと、去年の4月から今年の7月にかけて、「林明子原画展」(朝日新聞社主催)が、高松・広島・鳥取・兵庫・宮城・東京の順で、美術館を巡回した。私がそれを知ったのは、宮城県美術館が終了間近の頃、あわてて、同館に電話して図録だけ購入した次第。
 『きょうはなんのひ?』も全ページ収録されている。見開きにもとの4見開き分程度が掲載されているかっこうで、これはこれで楽しい。五味太郎との対談も収録。五味曰く、「(林明子の作品を)童心主義的な流れだと安心して読み始める」と「ちょっとやばいぞ、と」なる。「このやばさに気づかないと、絵本読みとはいえないでしょう」。それと、巻末の論考「イラストレーターとしての林明子」(菅野仁美)の中に掲載されている未來社のPR誌用に描かれたカット絵、擬人化されたネコとウマを見ることができたのも拾い物だった。

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