新撰 淡海木間攫

其の五十八 佐川美術館所蔵 国宝・梵鐘

佐川美術館学芸員 井上英明

国宝・梵鐘

 平山郁夫や佐藤忠良、樂吉左衞門といった現代作家の作品を収蔵公開している佐川美術館ですが、収蔵する作品の中で、唯一国宝に指定されている梵鐘があるのをご存知でしょうか。滋賀県内に所在する梵鐘の中でも、国宝に指定されているのは、佐川美術館のものだけで、今回その梵鐘を約3年ぶりに一般公開します。
 そもそも、梵鐘とは仏教寺院で用いる釣鐘のことで、時刻を告げたり、諸行事の合図に用いたりする仏教法具の一つになります。私たちにとっては、12月31日に撞かれる除夜の鐘が最も馴染み深いでしょう。また、梵鐘にはそれ自体にまつわる伝説や伝承も多く、ここ滋賀県でも近江八景の一つ「三井の晩鐘」として知られる三井寺(園城寺)の梵鐘や、同寺にある武蔵坊弁慶によって比叡山に引き摺り上げられたとされる梵鐘(「弁慶の引き摺り鐘」)などが好例と言えます。
 佐川美術館に収蔵されている梵鐘は、もともと比叡山延暦寺の西塔地区にあった宝幢院(現在は廃絶)の鐘として鋳造されたもので、天安2年(858)に造られたことがわかる銘文が鐘身内に見られます。紀年銘が入った梵鐘としては、国内で6番目に古いものとなり、銘文は「比睿山延暦寺西寳 幢院鳴鐘天安二年 八月九日至心鋳甄」の3行24文字が左文字(逆文字)で鋳たためられています。この左文字になった理由は、中型(鋳物を造る時に空洞にあたる部分の鋳型)に正字で陰刻したために生じた技術的な誤算とも、梵鐘を外側正面から拝したときに、正しく透かし読めるようにあらわされているとも言われています。「至心鋳甄」という文字を「心をこめて鐘を見る」と解釈をすれば、技術的な誤算というよりも、意図的に文字を逆さに刻んだと考える方が自然ではないでしょうか。
 いずれにしても格調高い洗練された書体、簡潔な文章は名だたる人物の手によるものと推察され、宝幢院が嘉祥年間(848〜850)に創建されていることを鑑みれば、本鐘鋳造の発願者を創建に関った初代院主恵亮を含めたその周辺に求めることも可能でしょう。
 改めて梵鐘を見ていくと、口径に比べて丈が著しく高く、肩から下が口縁部にかけてほとんど直線で鐸状(裾開きの円筒状)をなした極めて狭長な形姿となり、装飾性を抑えた簡潔な造りの竜頭、簡素な8弁の蓮華形となる撞座など、他に類を見ないスタイリッシュな形をしています。

●本鐘は、当館で2015年1月18日㈰まで、平山郁夫が描いた世界遺産シリーズとともに公開していますので、ぜひこの機会にご覧ください。

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