2016年 11月 06日

一夜明けたらFree Falling――Big Boi feat. Little Dragon & Killer Mike「Thom Pettie」

 最初に断っておくと、今回は丸ごと脱線である。「滋賀縛り」も果たせなかった。
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 3月に蓮實重彥の小説「伯爵夫人」を掲載誌『新潮』で読んでいる最中、あるミュージシャンのことが頭に浮かんでいた。エロスとユーモアの人、共和国アメリカの「殿下」、終盤に至って毎晩主人公が耳にしていた、行為の最中の女性の嬌声はどうやら録音されたものらしいとわかる……となれば。そう、プリンス。
 あろうことか、しばらく経った4月21日、殿下急逝。
 個人的に初めて買ったプリンスのCDが3枚組のベスト盤『ザ・ヒッツ&Bサイド・コレクション』(1993年)で、再生数は「セクシャリティ」をテーマにまとめたという2枚目の後半、サンプリングされた「アッ」という女性のあえぎ声がバックでリズムを刻み続ける12曲目の「Peach」以降だからなのか。録音された「あえぎ声」といえば、プリンスが私の頭には浮かぶ。
 Googleで、「プリンス」「あえぎ声」と検索してみる。先のベスト盤の翌年に発売されたアルバム『Come』(1994年)の10曲目(アルバム最終曲)「Orgasm」は曲中ずっと女性のあえぎ声がバックに流れているとわかる。このアルバムは持っていない。ワーナーとのトラブルから独立レーベルへの移行を決めた、例の記号(ラブ・シンボル)へ改名前のラスト・アルバムということで、未発表曲のお座なりな寄せ集めと音楽批評家が考えたせいだろう、発売時の音楽雑誌では軒並み不評だったはずだ。私はそれを信じて買わなかった。先の3枚組ベスト盤でお腹いっぱいだったというのもある。
 ところが、アマゾンで検索してみると、あれ? 評価が高い。「再評価望む!」「もっと評価されていい名盤」「何で人気無いの?」と、不評をいぶかしむレビューも多い。4月26日(履歴は便利だ)に輸入盤の中古を購入。700円なり。
 聴いたのはゴールデンウィークに入った休日の車の中、田植えをひかえて水の張られた田の風景とともに思い出される。
 冒頭のタイトル曲「Come」はワンコードで11分強の長尺ファンク、普通にかっこいい。
 4曲目「Loose!」は聴き覚えあり。持っている4枚組アルバム『クリスタル・ボール(Crystal Ball)』(1998年)の3枚目の7曲目「Get Loose」は、これの歌詞を減らしてアレンジを若干変えたものだ(曲名は、本来「Get Loose」だったものをアルバム『Come』の全曲名1単語の方針から「Loose!」にしていたのか)。テクノっぽいせいで歌詞はわからないまま近未来スパイアクション映画を連想していた。『Crystal Ball』の付属ライナーに、「(次の8曲目「P.Control」とともに)LAのErotic City dancersの大のお気に入りだった」とある。YouTubeを探すと、プリンスがプロデュースしたクラブ「グラム・スラム(Glam Slam)」のステージでの「Loose!」のライブ映像あり。なるほど、ここで踊っているのがErotic City dandersの面々なのだろう。SFじみた小芝居があって、私の連想がそう的はずれでもないらしいことがうれしい。
 5曲目以降の紹介は端折るが、曲飛ばしなしで、9曲目「Letitgo」(先述のとおり、全曲名1単語の方針から、Let it goのスペース削除)へ。これはさんざレビューに書かれているとおり名曲、その再生途中、「Orgasm」にたどりつく前に家に着いてしまったので、翌日にまた出かけた際に10曲目から。波の音、女性のあえぎ声、エレキギター、プリンスのつぶやきのような「come on」。2分程度、曲というよりはエピローグ的なもの。
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 小説「伯爵夫人」とプリンスについては、デビュー時からプリンス好きを公言している小説家の阿部和重が何か書くだろうと思っていたら、7月6日に発売された『論集 蓮實重彦』(工藤庸子編 羽鳥書店)収録の『伯爵夫人』論のタイトルが「Sign ‘O’the Times」である。いうまでもなく、プリンスの曲名兼アルバム名(1987年)。内容自体は、律儀にテクスト内の読みに徹した蓮實的評論で、プリンスへの言及はなし。一応断っておくと、6月22日に単行本が出たので、以降は小説名が二重かぎかっこ扱い。
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 7月から8月末にかけて、音楽誌の増刊号などの形でプリンス追悼のムック本が次々出たのを読む。遅ればせながら、昨年出ていた西寺郷太著『プリンス論』(新潮新書)も読む。アルバム『Come』が普通に傑作扱いになっているのはよいとして、プリンスと同年(1958年)生まれのミュージシャンとして比較されるのが、マイケル・ジャクソンとマドンナというのは、はなから似ていないものを比べて意味があるのかという気になる。
 才能からいって、あるいは混血、両性具有といったキーワードからいっても、比較の対象になりうるのはケイト・ブッシュだろう。プリンスを、80年代ニューウェーブの文脈から語ろうとする文章はいくつかあった。そこにケイト・ブッシュも加えて語っていけば、見晴らしがよくなる気がする。ムック本の一つ、『プリンス 星になった王子様』(ミュージック・マガジン)には、小嶋さちほ(ゼルダ)と真保みゆきの対談が収録されていて、この2人ならと期待したが、1985年のアルバム『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』の際の記事の再録だったので、そこまで俯瞰した視点はなく残念。
 YouTubeにあったのは、オーストラリアのマッシュアップ制作集団Wax Audioによる作品「Prince Mashed With Kate Bush Sign o’ That Hill」で、「Sign ‘O’ The Times」とケイトの「Running up that Hill」のかけ合わせ。ケイトのアルバム『The Red Shoes』(1993年)収録のプリンスとの共作曲「Why Should I Love You?」で、イントロのトリオ・ブルガリカによるコーラスからプリンス・メロディーに移行する「違和感のなさ」に笑わされたのを思い出す。
 日本のCINRA.NETというサイトにあるビョークの最新来日インタビューを読むと、彼女は「ジョニ・ミッチェルやケイト・ブッシュに深く傾倒」したが、「(デヴィッド・)ボウイやプリンスがいるファミリーツリー(系譜)には属していない」と言っている。ケイト・ブッシュのファミリーツリーとプリンスのファミリーツリーは近いと思うのだが。
 ジャンルでいえばネオ・ソウルに分類される黒人歌手マックスウェル(Maxwell)は、カバーを以前のアルバムにも収録していたケイト・ブッシュの「This Woman’s Work」を、4月23日(プリンスの死から2日後)にルイジアナ州ニューオリンズで開催されたジャズ&ヘリテッジフェスティバル(New Orleans Jazz & Heritage Festival 2016)のステージで、「プリンスへの追悼曲」として披露したそう。8月19日の初来日公演でも。
 男性黒人ミュージシャンでは、フィッシュボーンのメンバーや、ヒップホップデュオ、アウトキャスト(OutKast)のビッグ・ボーイ(Big Boi)とアンドレ3000(Andre 3000)は2人ともケイト好きを公言している。とくに、ビッグボーイが何度もコラボしたいとケイトにラブコールを送っていることは、ケイトファンの間では有名な話だ。
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 どうしているのかと久しぶりに調べてみたら、ビッグ・ボーイが、2012年に出した2ndソロアルバム『Vicious Lies And Dangerous Rumors』の13曲目「Tremendous Damage」は、ケイト・ブッシュにデモ音源を送って聴いてもらったと、インタビューで答えているのをネット上で見つける(結局、共演には至らず)。
 その代わり、スウェーデンのバンド、リトル・ドラゴン(Little Dragon)と3曲(デラックス・エディションだと4曲)も共演している。ボーカルのユキミ・ナガノ(Yukimi Nagano 父親が日本人)は、ケイトとプリンスに影響を受けたことをあちこちのインタビューで語っている。日本語記事ならverita(ヴェリタ)というサイトに、「北欧の歌姫 Yukimi Naganoのフェイバリットソング」という2007年の記事あり。私は、この記事で「彼らもケイト・ブッシュから影響を受けていると思います」と語られているスウェーデンのエレクトロ姉弟デュオ、ザ・ナイフ(The Knife)を知ったので、彼女にはとても感謝している。
 9月30日、アマゾンで先のビッグ・ボーイのアルバム(タイトルを訳せば、「たちの悪い嘘と物騒な噂」)デラックス・エディション版の輸入盤を注文。日本盤は出ておらず、ネット上でも日本語の情報が少ない。日本のアマゾンではレビューゼロ。さまざまなインディー・ロックバンド、エレクトロ・ポップバンドと共演、バラエティに富んだ意欲作だと思うのだが。
 ニューヨークのエレクトロ・デュオ、ファントグラム(Phantogram)が参加した10曲目「Lines」などには、ケイト・ブッシュ色も感じられる(このアルバム以後、ビッグ・ボーイはファントグラムの2人と、Big Gramsというユニットまで結成してしまった。長身でセクシャルな衣装も着こなす女性ヴォーカル、サラはステージ映えするし、ビッグ・ボーイと相性がよいよう。去年出た7曲入りミニアルバムも気に入ったので購入)。
 アルバムの中で最もキャッチーな9曲目「Mama Told Me」は、リトル・ドラゴンとの共作曲。ただし、バンドのレーベル移籍の時期に重なったことから権利問題でもめ、歌い手がユキミ・ナガノからケリー・ローランドに交代されている。プリンスが1980年代に多用していたリズムマシン「リンドラム(LinnDrum)」のビート(「Automatic」『1999』収録)をサンプリングして使っているのだそう。
 同じくリトル・ドラゴンと共演している8曲目「Thom Pettie」は、エフェクトをかけまくった不気味な低い男の声に続いて、女性が「あ~ん」。あった! サンプリングされた女性のあえぎ声。続く高音寄りのギターソロとあわせて、プリンスを連想させる曲。ブリッジでは、ユキミが甘い声で「We shining like the sun and moon」と歌う。
 曲タイトルはトム・ぺティ(Tom Petty)のスペル違い、トム・ぺティと言えば、2004年の「ロックの殿堂」式典で、トム・ぺティらとともにステージに立ったプリンスが圧巻のギターソロを見せつけたことがあるので(YouTubeにも動画あり)、両者の結びつきは想像できるのだが、英語の歌詞が、私の英語力では手に負えない。
 検索してみると、カナダのトロントで配布されている「Metro」というフリーペーパーのウェブ版にビッグ・ボーイの短いインタビュー記事があった。この曲名は、取材者にもいくぶん物議を醸すものと感じられたようで、「Tom Pettyってのは誰のことですか?」と冒頭から尋ねている。それに答えて、ビッグ・ボーイ、「とびきりの一夜を過ごしたけど、夜があけてみればどこに連れてかれていたのかわからないってことがあるだろう。いわゆる『free falling』ってやつさ。それを(トムのヒット曲『Free Fallin’』にひっかけて)『トム・ぺティする(Tom Pettying)』って言ってたのさ」。
 なるほど。行きがかり上、仕方ないので英語の歌詞を自動翻訳機能も使いながら日本語になおしてみる。
  俺はダイヤモンドがジャラジャラついた大きなメダルのチェーンを揺らす(中略)
  ヤクはない、でも俺たちはハイになった(中略)
  俺のXLサイズで彼女を……
 そう。ジャケット画像の左上を見ればわかるとおり、このアルバムは「Parental Advisory(保護者への勧告)」マーク入り。このマーク誕生の経緯は、プリンス追悼本のいくつかに記されているとおり。
 歌詞を要約するとだ。
 ホテルのどことも知れない場所での美女との一夜、夜が明けたら、俺のもとからあの女もこの女も去っていった。
 どこかで読んだような話だ。アメリカまで飛んで、ようやく小説『伯爵夫人』に戻ってきた。

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