2017年 5月 07日

JillはBill、水川は前川――小谷野敦「細雨」

 2回前の「一夜明けたらFree Falling」でとりあげたビッグ・ボーイ(Big Boi)のソロアルバム『Vicious Lies And Dangerous Rumors』(2012年)がなにげに愛聴盤になっていたので、そろそろ次のアルバムも出るのではと、ネットでたまに検索していたら、今年に入ってニューアルバムのレコーディング終了との知らせあり。興味の半分はまたまたケイト・ブッシュにお願いしたか問題だったのだが、そこは不明のまま、4月20日(日本時間では21日)、アルバム収録予定のシングル2曲が同時リリースされた。6月にはアルバム『Boomiverse』がリリース予定だとか。
 シングルの1曲「Kill Jill」(Big Boi feat.Killer Mike & Jeezy)を聴こうと、YouTubeにアップされたジャケット画像(日本の舞妓の写真をデザイン)をクリックすると、鳴り出したのはまさかの初音ミク。一部をサンプリングしてバックトラックにしている「Aura Qualic feat. Hatsune Miku」(2008年)という曲は知らなかったが、声でわかる。
 「Kill Jill」という曲名はゲストラッパー2人の名だけでなく、日本映画にオマージュを捧げたクエンティン・タランティーノ監督の映画『Kill Bill』(2003年)にちなんでいるのだろうというのは誰でも思いつくところだが、調べてみると、アメリカで大スキャンダルに発展した超有名コメディアン、ビル・コスビー(Bill Cosby)のレイプ訴訟(被害者として名乗りでた女性は50人以上。犯行時、未成年者も含む。ただし、ビルは一貫して容疑を否認)にからめた歌詞らしい。
 と知ったように書いているが、かの地でそんなことが大事件になっていたとは初耳。ビル・コスビーという名にしてから、どこかで聞くか読むかした気はするだけ。ネット上のプロフィール記事を見て、トレードマークとされている派手なニットは、一時期、ビートたけしがよく着ていたニットを思い出させるから、たけし担当のスタイリストがコメディアンつながりで真似したのかな(逆ではなく)という感想をもったのみ。
 髪をツインテールにした少女の姿という設定のボーカル音源がうたう歌詞(もちろん日本語)は、「愛してよ 私を抱いてよ ねぇ そばにおいでよ」。ジャケットの舞妓は目と口から血をたらしているように見えるし、毒気たっぷりの使い方ということになる。
 Big Boiはメディアの報道を疑えという立場のよう。英語歌詞の方は機械翻訳にかけても、私の手には負えない。そのうち、誰かのくわしい解説を読めるだろう。
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 JillはBillから、途中まで書いて放置していたネタを思い出したので復活させてみたいと思う。
 前回に書いた蓮實重彦インタビューが掲載されていた『文學界』2016年9月号に載っていた小谷野敦の「細雨」という短編小説についてである。つまり、去年の8月に読んだものだ。
 主人公は、都内の公立図書館に勤め始めた20代女性倉持里沙、調べものをするためにほぼ毎日館を訪れる作家、宇留野伊織と会話を交わすようになり……。タイトルから連想される谷崎潤一郎の長編小説「細雪」ではなく、最近増えた中年から初老にかけてのインテリ男性と若い女性の恋愛を描く小説のパロディ、もしくは、そのリアリズム小説版といえばいいのか。なので、2人が恋愛感情をもつような展開には至らない。むしろ2人のやりとりは、ディスコミュニケーションの苦い笑いを生む。里沙は「現実は小説やドラマのようにはいかないもんだなあ」と思う。
 おもしろい。なんだろう、このおもしろさは。最後のオチ(?)も好きである。肩の力が抜けた、懐かしさも感じるものなのだが。
 それまでの小説、『悲望』(幻冬舎文庫)を書店で、『美人作家は二度死ぬ』(論創社)をアマゾンに中古品出品で購入して読むと、いずれも大学の文学部もので、「細雨」もこれに連なる小説だといえる。
 著者がアメリカ小説を読みといた文芸評論集『聖母のいない国』(青土社)の、モンゴメリの『赤毛のアン』に関する章で書かれている「アン」のファンたちの多く、「ことさらな才能も、あるいは何かによって世に出たいというほどの特殊な技能への執着も」ない女性が、研究者の道には進まず図書館で働き始めた「細雨」の主人公、倉持里沙である。実際、彼女は、冒頭から書店の新刊書コーナーにあった小倉千加子の『「赤毛のアン」の秘密』(岩波現代文庫)を手にとる。
 一方、以前『さえない男』というタイトルの新書がベストセラーになったこともある宇留野伊織は、作者小谷野敦をモデルとしているように読めるわけだが、会話やモノローグに出てくる個人名は、実在の人名のままと変名に分けられる。
 名を変えてあるのは、以下の3人(ざっと見返して拾っただけなので、まだいるかもしれないが)。
A:東大図書館で大量の本を借りたまま返していない社会学者の北台権司
B:騒音嫌いで知られる哲学者N氏
C:著作集も出ている図書館学会の大物、水川
 あっ、Bはイニシャルにしてあるだけだな。AとBはそれぞれ一時的にしろ新聞や雑誌で名前を目にしたことがある人物なのでもとの名前がわかる人が多いだろう(正確にいえば、私は両者とも著作を読んだことも、コメントの類いが記憶に残ったこともないので、姓しかわからないのだが)。
 Cのモデルは前川恒雄である。おそらく一般的には最も知名度が低いだろう人物の姓名がわかるのはなぜかといえば、私が滋賀県の住民だからである。
 東京都の日野市立図書館館長だった前川は、滋賀県の武村正義知事に請われて、1980年7月、滋賀県立図書館の館長に就任(1991年3月まで)。市町村単位で図書館を建てるため、「思い切った補助制度をつくってください」と武村知事に提言したことで、県内に図書館が4館しかなく、全国最下位レベルだった図書館行政は飛躍的に向上していった。専門的知識をもつ人材の登用と複数年にわたる図書費への補助が成功の要因だったとされる。
 今年の1月ごろには、彦根市立図書館にある新刊コーナーの「郷土図書」の棚に、最近行われた前川恒雄の講演を中心に編んだ冊子[草津市の個人宅が発行元で非売品。滋賀の図書館を考える会編集・発行『図書館を考える集い(2015年10月28日)記録 滋賀から問う! “ひまわり号”から50年、日本の図書館の現状は?』]も置かれていた。
 通りのよい成功体験として何かと持ち出される石けん運動(琵琶湖の富栄養化防止条例の本当の功労者は、洗剤メーカーに無リン化の方法を教えた県職員だろう)に私はかなり前からうんざりしている(当ブログ2008年 6月 28日「石けん運動の経過について考える」)。参照するなら、やはり前川による図書館整備だなと思う。
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 どこへ行くあてもないので、「Kill Jill」の歌詞の一節と「細雨」の宇留野の言葉で終わっておこう。
「who knows what the truth is?」
「都合が悪いことは、世間の人は答えないから」

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