三成伝説

三成伝説 現代に残る石田三成の足跡

オンライン三成会 編
A5判 176ページ 並製
ISBN978-4-88325-400-2 C0021
奥付の初版発行年月:2009年09月
書店発売日:2009年09月15日
在庫あり
1900円+税

担当から一言

ひとことで言うと「こんな三成本、今までになかった!」インターネットでつながるオンライン三成会の会員が、全国各地に散らばる石田三成の関連遺跡を実際に訪ね、「三成伝説」の真実へと迫る。歴女(レキジョ)から中高年の戦国ファン、歴史研究者まで、待望・絶賛・必携のガイドブック。

内容紹介

 忍城水攻めを主導したのは誰か? 朝鮮の役での功労者とは? 関ヶ原の戦いの真実とは? 第一陣(第一部)では、出生の地・近江石田から佐和山、武蔵忍、肥前名護屋、朝鮮、関ヶ原、近江古橋、そして終焉の地・京、高野山まで、三成の生涯を追いながらゆかりの史跡を訪ね、残された伝説の「真実」を探る。
 直江兼続との間に徳川家康挟撃について密約はあったのか? 大谷吉継との友情は? 嶋(島)左近は近江出身か? 第二陣(第二部)では、正継・正澄・重家・辰姫ら石田一族をはじめ、嶋左近、蒲生郷舎(喜内)、真田信之、直江兼続、大谷吉継、舞兵庫、島津義弘ら、三成をめぐる人々を紹介し、彼らが印した足跡をたどる。
 インターネットの世界で出会った全国のファンが、石田三成が生きた「証」を求め、国内各地はもちろん韓国の史跡をもたどった。オンライン三成会が総力を結集して綴った空前絶後の三成ガイドブック、三成生誕450年を迎える2010年を前にして、いよいよ登場!

目次

■第一陣 三成の生涯を追って
  近江・石田/近江・水口/武蔵・忍/近江・佐和山/近江・彦根/朝鮮・文禄の役/
  肥前・名護屋/美濃・関ヶ原/近江・古橋/山城・京/紀伊・高野山/羽後・秋田
 ガイド:滋賀/埼玉/韓国/佐賀/岐阜/京都/和歌山/秋田
■第二陣 三成をめぐる人々
  石田正継/石田正澄/石田重家/辰姫/嶋左近/蒲生郷舎(喜内)/真田信之/
  直江兼続/大谷吉継/舞兵庫/島津義弘
 ガイド:京都/熊本/大分/青森/群馬/奈良/滋賀/岐阜/長野/新潟/福島/大阪 
■コラム
  忍城攻め諸将その後/佐和峯紅葉 許六詠/三成の藤/
  大垣や関ヶ原に残る遺跡・逸話/古橋の「都市伝説」/
  伏見大名屋敷の名残/直江兼続の墓もある高野山/三成の首はどこへ行ったか?/
  妙心寺寿聖院を訪ねて/生き延びた姉妹弟たち/津軽へ伝えられた「豊臣」の名/
  「蒲生郷舎」の本名/不屈の闘将吉継、烈雪に舞う/「若江八人衆」の行く末/
  粘り腰外交によって本領を安堵された島津家

前書きなど

石田三成がこの世を去って四百年。
長い年月の間にその足跡は風化し、
人々の思惑の中でゆがめられていった。
 
しかし、その生きた証は今も各地に残っている。
そのかすかな証を求めて、日本の北から南、
そして海を超えた異国まで訪ね歩き、
三成の「真実」を明らかにしようとした。
 
世に知られず、口伝や伝承のみに基づく史跡もある。
誰がいつ三成との関わりを唱えたのか不明なものも多い。
しかし、疑問視されている史跡こそあえて紹介したい。
 
なぜなら、私たちの生きる時代より前に、
三成の生き方を同じように追った人々の影が
そこに含まれているかもしれない、と思うからである。
 
これは石田三成と彼をめぐる人々の過去の流れを追い、
現代に伝えようと試みた記録である。
 
              オンライン三成会

著者プロフィール

オンライン三成会(オンラインミツナリカイ)

インターネット上(on line)での石田三成ファンの集い。1999年に有志によって結成され、ネット上での情報交換のほか、関連史跡めぐり、講演会などを行っている。会員数は約60名。会員は日本全国にわたっており、中には三成公縁者やプロの研究者もいるが、大多数は一般の三成ファンであり、お互いのもつ三成像を熱く語り合っている。本書は結成10年を機に企画され、北海道、秋田県、群馬県、埼玉県、東京都、岐阜県、滋賀県、京都府在住の会員が執筆した。
代表サイト「石田三成のページ」http://www.asahi-net.or.jp/~ia7s-nki/
代表ブログ「石田三成と戦国史に関するBlog」http://mitsunari.asablo.jp/blog/


コメント (4) »


  1.  
    【内容紹介追記】
     
    夕日に燃える佐和山城址の写真などは、こちらでご覧いただけます。

     

    コメント by Y — 2009/9/4 金曜日 @ 20:14:30


  2. 2009年10月18(日) 『三成伝説』出版記念
    講演・散策・パネル展示【佐和山城と石田三成の城下町】開催
     
    『三成伝説 現代に残る石田三成の足跡』の出版を記念して
    [講演][散策][パネル展示]などのイベントを行います。
    詳しくは案内チラシPDFをご覧のうえ、FAXにてお申し込みください。
     
    日 時 平成21年10月18日(日)10:30~12:00 ※講演後、自由散策
     
    場 所 彦根市鳥居本地区公民館 ※先着順100名
     
    講 師 田附清子(たづけすがこ)さん
          オンライン三成会会員・佐和山城研究会代表
     
    参加費 1000円(特製マップ・食券・買い物割引券付き)
     
    申込書 案内チラシPDF
     

    コメント by Y — 2009/9/24 木曜日 @ 13:54:44


  3. はじめまして。宮崎県都城市在住の者です。23日に滋賀に出向き、日吉大社・穴太衆の積石・坂本・安土・彦根・佐和山の城址を観てきました。その夜、大津市内で十三冊近江の本を買い求めています。貴会刊行の『三成伝説』を拝読させて頂きました。私の中で重家以外の兄弟の事を存じませんでしたので参考なった次第です。有り難うございます。
    さて、群馬県沼田市に「三成の位牌と墓」があるのをご存じでしょうか?JR沼田駅(南側)の道を通り、迦葉山へと向かいます。途中に左手に行く小道があって、そこを道なりに進むと「正行院」さんがあります。
    私が伺ったのがH13か14だったと思います。正行院さんを建立したのが真田幸隆で、その話しを聞きに行ったのです。ご住職は法事で不在で、奥様がお相手下さいました。話しが進むうちに「石田三成の位牌が安置されている」ことを云われました。又、寺の裏山に三成の墓があって、三成と家臣の子孫もいらしゃるとのことです。
    沼田には『万崋鏡』と云う会誌があり、それに載っています。これに拠ると斬首されたのは身代わりで、三成一行は信州・上田の真田昌幸を頼ったそうです。昌幸も敗軍の将で、三成を匿う事が出来ず、困惑したそうです。そこで思案した昌幸は、迦葉山の麓にある正行院に行く事を進め、三成はそこに身を潜めて難を免れたと伝えています。
     それともう一つ。願成寺の「三成の供養塔」の件。知人から人吉に「三成の墓がある」と聞いて、H6か7に観に行っています。その時は「石田三成の墓」と表示してありました。「何故、此処に三成の墓があるのか?」と聞いたところ、「戦後、西軍の敗戦の経緯を聞いた藩主(相良長毎)が三成を憐れんで墓所に墓を建てた」との答えでした。西軍が関ヶ原に向かった後、相良氏は高橋・秋月氏とともに大垣城の守備を任されていますが、東軍の誘いに乗って、熊谷父子を謀殺して東軍を招き入れています。長毎は寝返りによって家名存続をさせたが、忠臣の三成に対して後悔の念が生じ、墓を建てたと思われる。
    余談ですが、熊本市の郷史家が「遺骨、遺髪が入ってないのに墓とは何事か!」と願成寺に押しかけて、かなり抗議されたみたいです。確かにその話しを聞いたときに「供養塔」の方が正しいと思ってました。私が訪れてから14年経った今は「供養塔」となっているようで少し安心しています。
     それと関ヶ原の半年前まで島津と伊集院の戦いがありました。「都城の乱-庄内の乱が正式-」で島津忠恒(家久)が伊集院慌侃(忠棟)を手討ちにしたのが発端。『荘内軍記』の冒頭には石田三成が画策したようになっていますが、三成が駆け引きをしたかどうかは、私の思う三成からは想像出来ません。この件は機会をみて、メールします。

    コメント by 高野 久(53) — 2009/10/29 木曜日 @ 18:34:20


  4.  
    高野久様
     
    貴重な情報をお寄せいただき、ありがとうございます。
    編者のオンライン三成会さんにお伝えしておきます。
     
    伊豆七島神津島の河合様にいただいた、
    三成末裔の渡島伝説についてのコメントといい、
    まだまだ全国各地にさまざまな伝説が埋もれているのですね。
     
    11/1(日)には三成さん出生の地、長浜市石田町で
    「石田三成祭」が行われます。
    そう何度もご来県いただけないでしょうが、よろしければぜひ!
     
    オンライン三成会 代表サイト
    オンライン三成会 代表ブログ
    伊豆七島神津島の河合様からのコメント
    長浜観光協会 石田三成祭
     

    コメント by Y — 2009/10/29 木曜日 @ 18:58:03

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