特集 地機織り入門

 地機(じばた)は、下機(しもばた)とも呼ばれ、滋賀県各地の家庭で自家用の着物を織るのに用いられてきました。現在一般的に見られる手織機である高機(たかはた)(上機(かみはた))よりも構造は簡単ですが、織るのは難しく、地機で布を織ることのできる機会はあまりありません。
 その道具の復元と技術の再現を目指して、滋賀県立琵琶湖博物館で、はしかけグループ「中世のおんなたち」が活動をしています。
 今回は、はしかけ活動発表会(3月13、14日)で、地機に経糸(たていと)をかける準備のようすを取材しました。

▲表紙写真:地機の綜絖づくりのようす

● 表紙の言葉 ●

 綜絖とは、経糸を上下させる部分のこと。 高機は経糸を交互に2つの綜絖で通し分けるが、地機では、片側だけのため「半綜絖」ともいう。まず、開口に必要な長さの横木をはさんだ割り竹を用意。経糸のひろった糸を、割り竹の上部に合わせ持った棒に輪状にかけていく。これを経糸の半数だけくり返す根気のいる作業。

はしかけ活動発表会

琵琶湖博物館はしかけグループ 「中世のおんなたち」メンバー

前田雅子さん(大津市在住) 辻川智代さん(大津市在住)  立石文代さん(守山市在住)
田中年恵さん (「糸遊会」彦根市在住) 蔵田弥生さん (日本織物文化研究会)
中藤容子さん (滋賀県立琵琶湖博物館学芸員)

▽まず、琵琶湖博物館の中藤学芸員の方から、これまでの活動の経緯を簡単にご説明いただけますか。

中藤 平成14年度に琵琶湖博物館で開催した「中世のむら」という企画展示のときに、中世の地機を絵図から復元製作したんですよ。
 そして、希望者を募って、その地機で中世の布づくりを勉強して、再現したんですね。それにはまってしまったのが、「中世のおんなたち」。今までずーっと地機織りをつづけてたんですが、今回、蔵田さんを講師に招いて、もう一度きちんと勉強しなおそうという訳なんです。

 蔵田 今日は皆さんの応援に、田中さんといっしょに来ました。よろしくお願いします。

一同 よろしくお願いします。

▽それでは皆さん、よろしくお願いします。

蔵田 今回は麻糸を藍で染めたものを3種類用意しました。【写真1】縞はお好み次第です。

▽それは何をやってるんですか?

蔵田 (筬(おさ)に定規をあてながら)これは糸の本数を決めるためです。1cm幅に羽(は)(すき間)が4つあるじゃないですか。【写真2】

 ▽それで何がわかるわけですか?

前田 細い糸だったら、もっと密でたくさんの糸を通せるわけです。

立石 今日の糸の太さは?

蔵田 16の3です。16番手の3本撚(よ)りです。

▽「番手」は、太さの単位ですよね。数が大きい方が?

一同 細い。

蔵田 「3本撚り」は、3本の糸を撚ってあるっていうことです。こうして(糸1本の一部をほぐして見せてくださる)、3本の糸が撚ってありますよね。これで「輪整経」をやりたいと思います。

 中藤 (手をあげて)質問。「ワセイケイ」のワというのは和風の和ですか?

蔵田 輪状の輪かな。

蔵田 じゃ、長さ4m(2mの布を織るとして、その2倍)の30cm幅でいきましょう。3色を6本ずつ用意してください。それから、綛(かせ)掛けにかける前には、必ず糸をさばいて。(糸をさばく)【写真3】

大管巻き

蔵田 この長さ20cmほどの棒を大管(おおくだ)といいます。これから糸車を回して「大管巻き」をします。必要量の経糸を分割して、整経台(次項参照)にセットするための前工程にあたります。【写真4】

 ▽手で大きい輪を回すと、大管を取り付けた小さい滑車の方がギューンと高速で回転して糸を巻き取るわけですね。この糸車のベルトは、チューブみたいなのでできてるようですが?

田中 ゴムです。昔は糸でできていました。

立石 はい、できあがり。(1本分が完成)

田中 (子どもが糸車を回しに寄ってきたので)ちょっと待ってね。手、はさむと痛いからね。

中藤 博物館にも、使える糸車がほしいんですけどね。

田中 このタイプの糸車は、一般のお宅にはもうないけれど、古道具屋さんにならけっこうありますよ。

佐藤 (ここで地機復元に取り組んでおられる、はしかけメンバー・佐藤義信さん登場)慣れたお婆さんだと、グルグル回すんですけどね。(笑)

前田 (回しながら)難しいんですよ。これが。…はい。5本目。

整経

(整経台にて。白い糸を棒に沿って渡す)

蔵田 続いては、「整経」といって、経糸を順番に並べると同時に、すべての経糸を同じ長さにそろえる工程です。いろいろなやり方があって、前に皆さんがやられたのは、広い場所であっちとこっちに人がいてという形だったと思いますが、今回は整経台を使って、整経を効率化したやり方です。

前田 もっと大きい整経台もありますよね。

 ▽その白い糸が?

蔵田 「道糸(みちいと)」といいます。横がだいたい1mですから。どこをどう通って4mにするか、考えてるところです。【写真5】
 じゃあ、縞割りはこの並びに。布になったときには、両端が緯糸と同じ色にするときれいにおさまります。最後にもう1回一番濃い色で終わるようにしたいので。この計算わかりますか? 筬の長さが30cmで4羽だから…。

立石 経糸は120本。

蔵田 じゃぁ、何回行けばいいでしょう?

中藤 6×3=18で、6回行って108本で。

 蔵田 最後にもう1回行って終わり。右に行くときは右手で、左に行くときは左手で。位置は、あっち行ったりこっち行ったりせず台の真ん中で仕事をします。引っ張る力を均一に。人が交替するとどうしても変わってしまうので、1人で整経するのがベストです。

田中 1色1色ずつだと36回やんなきゃいけないけど、3色を1回にすると6回ですね。横につなぐことにしましょう。上の段の大管をこっちに移動させて。

蔵田 じゃ、これでいきましょう。(手を動かしながら)これで1本目。必ず1本ずつ「綾」を取ります。【写真6】(整経の作業)1、2、3、4、5。

▽ここ行って、次はこっち行って。そうか、そうか。ここに縦に糸が並んでいくわけですね。(ようやく了解)

 中藤 で、これで6回目か。(経糸の縞を見ながら)うん、すてき。【写真7】

立石 ああ、すごい。

蔵田 それでは最後、同じ色で締めましょう。はい。無事整経ができました。

一同 パチパチパチパチ(拍手) (本日の作業は終了して研究室へ移動)

佐藤 私は、地機を大津市坂本の市民会館、西教寺の近くなんですが、そこで作ってます。

中藤 博物館にも古い地機があるんですけどね。登録資料なんで使うわけにいかない。それで、これを参考にして、地機を新しく作ってもらってるんですよ。

佐藤 筬枠(おさわく)(筬框(おさかまち)ともいう。筬が動かないように押さえる枠)も材料をそろえて、もう作ろうとしているところなんです。

蔵田 筬框以上に筬が必要よね。

田中 筬框は地機1台に1つあれば充分だけれど、筬は何枚か種類があった方がいいんですから。

佐藤 一番手間がかかるのが筬ですよね。

蔵田 竹筬(たけおさ)ではなくて、金筬(かねおさ)ならあるんですけど。ちょっとね。

田中 あの機に金筬は使いたくないわよね。

 

●翌日午前10時~(整経の練習の続き)

蔵田 だから、こう行って、こう帰ってくるっていう。昨日とは変えて、今日はこれでやってみます。

前田 こういうのはダメなんですか?

田中 それだとたぶん長さがまちまちになっちゃう。行ってくる長さと帰ってくる長さがいっしょじゃないとダメなんですよ。だから、こう行ったら、帰りも同じところを戻るのが簡単。

蔵田 そう、小細工せずに素直にやる。 (ガラガラガラガラガラ…)

前田 ここのとこ、きれいになってなくて大丈夫なんですか?

蔵田 大丈夫。1本だけゆるんでるとかいうのはダメですけど。 (後ろで来館者の女性と田中さんが話し込んでいる。)

来館者 機織りですかぁ?

田中 はい。…自分でなさったんですか?

来館者 ……うん、私ではないんですが…。

田中 どなたが?

来館者 オバアさん(義母のこと)は草津工房で機を織ってはったん。

田中 最近まで織ってらしたんですか?

来館者 うーん、75歳ぐらいまでかな。オバアちゃんが使うてた高機を、大津市桐生(きりゅう)にある資料館に寄付しました。

中藤 あぁ、そうですか。おうちで、それはお商売で。

来館者 いえ、自分で。家の外でこうして整経するときは、「ちょっと、やってみい」て言わぁるさかい。手伝ってました。(寄付した機には)織ってる途中の布がつけてありました。縞の。オバアちゃんは賢いお方やったから。そしてここに載せて、櫛でこう。

中藤 へぇ、そうですか。お住まいはどちらですか?

来館者 そこの(草津市)下寺町やからね。自転車でこの子と来たんですよ。こんな前掛けなりで(笑)。

中藤 へぇ、この辺でも機織りしてはったんですね。いいお話をありがとうございました。

来館者 (あきてきた孫娘に)ほな、魚、見に行こうか。

前田 そして、綾を向こうに持っていって掛けて…。これで「9」行ってます。(カラカラガラガラ……)はい、10回行きました。120本。ここで輪にするんですね? あっ忘れてた。そういう結び方でしたよね。こうやってキュッキュッ。

筬通し

(場所を変えて実習室にて)
 蔵田 最初に糸の本数を決める時に使った筬に、やっと糸を通します。ここにあるのが綾棒(あやぼう)です。この下から来てる糸を筬に通していきます。(実際にやってみる)糸は捻らないように、通していきます。綾棒を通ってきた糸を捻らないように通します。捻れると、太い糸だと直せないこともないですが、細い糸だとクチャクチャになってしまいます。【写真8】

中藤 その繰り返しってことですね。じゃ、時間がないんでジャンジャンいきましょう。

田中 これがけっこう時間かかるんです。

中藤 交替でちょっとずつやりましょう。

立石 じゃ、佐藤さん、どうぞ。

佐藤 こっちから1本はずして…。あれ?

蔵田 指はいっぱいありますから、1本1本使ってください(笑)。

佐藤 これは、やらないとわからないなぁ。私は上下それぞれの端を1本ずつ通すのかと思ってたけど、つながってるから1回だけ通せばいいんだ。

立石 ピンと引っ張った方がやりやすいみたいですよ。

田中 これ、違います。違います。

佐藤 よくわかりますねぇ。

田中 連れてくるんですよ。間違ってると、その手前の糸まで。 (前田さんに交替)

前田 私、目が悪いから……くっ、こんなことするんじゃないですね(笑)。

佐藤 抜いてから、1本抜いて。

田中 捻れてないですね?

▽筬はどうやって作ってあるんですか?

佐藤 竹を薄く削って…。

田中 糸でグルグル巻いて、すき間の幅を決めてあるんです。これを作る人が今、いないんですよ。着物用の機だと、もっと間隔がせまくて、羽数の多いものがありますから。

佐藤 この竹を細く削る技術がなかなか大変なんでしょうね。

田中 扇骨(せんこつ)(扇子(せんす)の骨。高島郡安曇川町の特産)を作っておられる方なんかだったら、できるんじゃないかな。東南アジアの国だと、その家のご主人が作っておられたり。一般の人でも、まったくできないわけではないはずです。

佐藤 前田さん、手付きよくなりましたよ。

田中 日本では貴重だから、借りることも難しいですよ。私も貸したくない(笑)。壊れたら、それでお仕舞いだから。

前田 終わりました。

佐藤 確認しましょうか。

辻川 はい、入ってる。入ってる。

前田 あれ、捻れてる? それだけ引っ張って。

辻川 次、私? じゃ、5本ぐらい(笑)。

 中藤 糸の本数が多くなる分、整経から筬通しから全部の工程がたいへんになるということですが。

蔵田 皆さんが繊細な薄い布を織りたいか、どうかです。今、使ってるぐらいの筬はもう、新たに作ってもらわないとないですが、もっと密なのは残ってるということ。 (ここで昼食をはさむ)

辻川 この作業は2人で向かい合ってやってる写真を見ましたね。【写真9】

▽その方がいいかもしれない。

辻川 その写真では、外でやってたから、やっぱり室内より明るい所の方がいいのか…。夜なべ仕事とか言いますけど、暗かったらこの作業はたいへんですよね。

前田 でも、昔は昼間は仕事があるから、それを終わらせてからでしょ?

▽季節はどうだったんですか? 冬場の仕事だったんじゃ?

前田 なんだっけ、「1月にできるのは上の嫁、2月にできるのは中の嫁、3月にできるのは…」、段取りのいい嫁は1月にできる、3月にできるようなのはダメだと(笑)。

辻川 (笑)ふーん。

中藤 前田さんて、そういう古い言葉をどこで覚えるんですか?

前田 (お話を聞きに行った)甲津原(こうづはら)(伊吹町)のお婆さんも言ってたし、『朽木村志』(橋本鉄男編、朽木村教育委員会発行)にも書いてありますよ。これは、家の経済状態によるんでしょうけどね。裕福な家なら早く取りかかれる。

佐藤 中藤さん、やっぱり手際いいですねぇ。チェックしてみましょう。開いてください。あれ、1本クロスしてる。

前田 クロスしてるのはいいけど、1つ空いてたという時はショックねぇ。全部やり直しでしょ。

中藤 前の時も「もう大丈夫」って、機にかけたときに「あれー?」。

 辻川 「楽勝、楽勝」とか言ってたら…(笑)。

中藤 ここ縛っておいた方がいいですよね。

前田 はい、完成。それじゃ、新しい綾棒を入れて。

田中 じゃ、千切り(ちきり)を持ってきて、ここで巻き取りしましょう。【写真10】

(床の上で経糸を引っ張って伸ばす。)

蔵田 じゃ、綾棒を真ん中に。

中藤 こんなん、長い布だったら、たいへんやねぇ。

田中 あー、やっぱりダメね。切らなきゃいけないかもしれない。

蔵田 複数でやるとどうしても張力が違っちゃうから。難しいねぇ、整経は。

田中 ここ、こんなふうに糸がたるんでるでしょ。長さが違ってきてるんです。(たるんでる糸を引っ張って、たるみをとる)

中藤 おーっ! そうか。全部つながってるから、そうすればいいんですよね。勉強になった。

蔵田 行って来て、行って来て…となってるから。結局、切らなきゃいけないけど。

佐藤 端があるのは18本だけなんですね。

田中 そうそう。あっ、さばきながら綾棒も同時に動かして。

 蔵田 その千切り板を膝で押さえながら。どんどん巻いて。カクカクとならず、丸くなるように。

蔵田 じゃ、やります。「綾返し」。

▽機の仕組みからすると、交差してる部分(綾)が筬よりも手前になければいけないので、交差してる部分をこっち側に移動させるわけですね。【写真11】

蔵田 まず、これを持ってきまして開きます。横から見てください。今、同じ所に入ってます。そして、これを抜きます。今、開きが変わりましたよね。

綜絖(そうこう)づくり

(アトリウムへ移動)【写真12】
 蔵田 ちょっと遠いな、もうちょっと巻いてもらえますか? で、そこの開口(かいこう)の時に糸綜絖(いとぞうこう)をとって。

田中 「経掛け(へかけ)」と言います。

辻川 竹を割ったのなら、どんなのでもいいんですか?

田中 表面がツルツルじゃないとダメですね。10月から3月までの竹じゃないと、虫が入ってるんで、注意してください。普通のこういう竹よりも、シノ竹というのがいいです。綜絖づくりは集中しないとダメね。はずれてしまうことがよくあるので。

辻川 前やった時は、糸の一部が上がらなかったんです。順番はあってたんだけど。

▽では、今回の作業では最後になる綜絖づくりですが、よくわかってません。それは何をするものなんですか?

蔵田 下側の経糸を上に上げるための糸をつけるんです。じゃ、時間がないということなので私がやっちゃいます。ポイントは上にある糸を引っかけて、必ずここで親指で押さえる。クルックルッ。ここで8の字になります。こっちに経掛けを置ける椅子があるといいんですよ。

田中 すべらないように、椅子の上に座布団か何か置いて。

中藤 (作業を見ながら)蔵田さん、速い。

蔵田 丁寧にやろうとすると、いくらでも時間がかかるから。【表紙写真】

中藤 これを取り間違えるんですよ。よく。

蔵田 この仕組みを考えた人ってすごいですよね。

中藤 機の原理って、どうやって考えたのかなぁ?

蔵田 あと10分?

▽なんとか織るとこまで行きませんか?

 中藤 無理です。無理。緯(よこ)糸の準備もしてないし。

蔵田 終わりました。そこ、中筒を入れてください。これで中筒(なかづつ)開口ができました。 【写真13】

前田 ふーっ、機にかけるまでが大変。あとは手間一つですものね。

▽というわけで、2日間にわたりました作業は終了です。

中藤 続きは、博物館資料展の中でやっています。皆さん、よろしくお願いしますね。蔵田さん、田中さん、ありがとうございました。

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