●編集部インタビュー

暮らしの中にヨシを息づかせる

西川嘉広さん―5月7日(月)近江八幡市のご自宅にて

★インタビュー記事中、段落の頭に掲載した句は、嘉広さんの父親(雅号嘉川)が生前に詠まれたものを使用させていただきました。

後々の ためならばやと またしても よしの放送 ひきうけにける

▽(編集部)世界湖沼会議の影響もあってか、ここに来て一段と、ヨシが果 たす自然の役割を見直そうという動きが活発化してきたように感じるのですが、そういった動きの中には、必ずといっていいほど西川さんの姿がありますね。ヨシ博士として毎日、ご多忙なのでは?

▼そうですね。この前、NHKのラジオ番組に出演する機会があり、1時間ほどヨシについてお話をさせていただきました。今週も、地元のCATVですが、ヨシについての番組が1週間連続で放映されています。

▽最近、あちこちでお姿を拝見します(笑)。ところで、西川さんご自身は昨年の3月まで、金沢在住でいらっしゃったんですよね。故郷を離れている間、ヨシのことを考える機会というのは?

▼ いえいえ。大学は東京、その後アメリカに渡って、東京・金沢とずいぶん長く故郷を離れていましたし、私は医学部に進みましたから、まったくヨシとは畑違いの人間で、父親が郷里で熱心にヨシ原の保全を訴えていると聞いても、「物好きだな」という程度にしか理解していませんでしたね。

▽お父様という人は、時代に先駆けてヨシ原の必要性を訴えて来られた方だったんですよね。

 ▼ そうです。当時、時代錯誤と言われながらも、いまの私と同じようにマスコミに登場する機会も多かったようです。日本薄謝協会ってご存知ですか? 父がNHK(日本放送協会)を揶揄してそう呼んでいたのですが(笑)、番組出演のギャラ代わりにいただいた記念のタオルや卓上時計が、箱に一杯残っていますよ。
 もともと父は文章を書いたり、物事を調べたりするのが好きな学者肌の人間だったんです。しかし、長男として生まれた以上、家業を継ぐのが宿命だったわけです。ヨシ卸業に携わり、毎日生活者としてヨシ原を眺めながら、父はヨシ群落が生き物にとっての聖地であり、琵琶湖の水を綺麗にする役割があることを肌で感じ取っていたんでしょうね。

ヨシ生える 湖はおのづと清くなり 濾過も果 たせば 魚もすむらん

▽お父様が早くから訴えられていたことに、時代がようやく気づいたことになりますが、一度失ったヨシ原をもう一度取り戻そうというのは、果 たしてうまくいくものなのでしょうか?

▼ヨシを栽培してヨシ原として定着させるのは、実はとても難しいことなんです。滋賀県では1992年に「ヨシ群落保全条例」が制定され、それから約10年が経過しましたが、まだ満足のいく成果 は得られていないというのが現状です。しかし、琵琶湖のヨシについて、多くの人々が考えるようになりました。その精神はいいと思います。

▽ヨシ原の保護育成と同時に、ヨシの活用が重要な課題だと言われますが、いま現在、もっとも大きな需要というのは?

▼ここにあるような衝立(上の写真参照)や葦簀ということになりますが、この衝立はどれぐらいの年代物だと思われますか?

 ▽まだ新しいものに見えますが…。

▼実はこれで100年以上が経っているんです。

▽100年ですか…。ということは、言い換えると買い換え需要がほとんど望めないということですよね。

▼ そうですね。最近の住宅事情でいうと、ほぼ売れない商品です。おまけに最近は中国産の安価なものが入ってきています。エコロジー商品でもあるヨシ紙(次ページ参照)の製造も手がけていますが、木材紙に比べて製造コストがかかりすぎるという問題を抱えています。風合いの良さという長所はありますが、それをどれぐらいの人が購入するかというと、多少の消費では採算が全く合わないわけです。

▽昔は私の家もヨシ葺き家だったのですが、まわりの家が瓦屋根に変わると、競うようにして集落全部の家が瓦屋根になりました。夏に葦簀を吊る家も少なくなりましたね。

▼現在は法律で、ヨシ葺き屋根というのは容易に認められないんですね。燃えやすいからというのが理由で、国指定クラスの重要文化財や神社・仏閣・茶室に限ってヨシ葺き屋根が認められる程度です。

我が里は よしありてこそ とうとけれ よしなき里 はふるさとならず

▽ヨシは日本だけでなく、海外でも昔から生活に密着した植物だと聞きましたが、海外のヨシ需要も日本と同じような状況なのですか?

▼ ヨシ葺き屋根を日本独自のものと思われる方も多いでしょうが、じつはイングランドなどのヨーロッパ諸国でもけっこう多く見られます。日本とは工法の違いがあって、厚みのある日本の屋根に対して、外国では厚みの薄い葺き方ですが。特にイングランド地方には、ヨシ葺き屋根の家屋が現在約5万棟も分布しているんです。
 そして、それらはナショナル・トラストという団体により保護されています。ですから当然、ヨシ葺き職人の技術というのも次の世代に継承されていきます。

▽日本の若い後継者というのは?

▼ヨシ原の保全をいくら行政が訴えたとしても、需要がなければ産業として成り立ちません。親として、自分の子どもにこの仕事を継いで欲しいとは言えない状況なわけです。ですから、屋根の葺き替え作業に青い目の職人がやって来た、という不思議な現象が見られつつありますね。

▽今日、ここにお伺いして、目の前には青々としたヨシ原が広がり、にぎやかな鳥の囀りが聞こえる。とても豊かで気持ちのいい風景だと感じたのですが、ヨシ原の保全とひと口に言っても、ヨシの需要問題がある、後継者問題がある、簡単にできることではないんだと実感しました。

▼そうですね。ヨシ原というと、皆さん公共の場所だと思っておられる人も多いと思います。琵琶湖からヨシが生えている場所がヨシ原だと。しかし、実はすべて民有地で税金の対象にもなっているんです。西川家が所有するヨシ原も、昔と比べると約半分に減りました。しかしそれは、環境の変化だとか、災害によるものという理由でなく、干拓地開発や道路の造成など、すべて人為的なものなんですね。お役所から、これだけのヨシ原を渡しなさいと言われて、やむを得ず失ってきたんです。
 その時代はヨシ原を潰すことに、誰も疑問を感じなかったんですが、いまは違います。多少なりとも皆さん、ヨシが大切な植物であるという知識がおありになる。ですが知識だけでは駄 目で、その知識をどう活かすかです。

▽「人間は、考える葦」ですからね。

▼人々の暮らしの中に息づくことで、ヨシの生命は守られるんです。

▽今日はどうもありがとうございました。

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