招き猫を招いた人

  お話を伺った杉原さんは、夢京橋の一角に「北風寫眞館(きたかぜしゃしんかん)」という編集工房を構え、情報紙『DADA』を発行している。近江鉄道を愛する人たちの「ガチャコン倶楽部」の会長として『オーミング』を発行したり、さらには滋賀県湖東・湖北地方の郷土ゲーム「カロム」にも造詣が深く、 JAPAN CARROM FEDERATION(ジャパン・キャロム・フェデレーション)の代表も務めていたりする。第三セクター「株式会社夢京橋」の取締役であり、「招福本舗」の発案、店舗デザイン、商標等を手がけた人。仕事場では”あるじ”と呼ばれている。
 

▼杉原正樹さん ▽インタビュー・構成 編集部

▽杉原さん自身、夢京橋の昼の住人で、今日も表の通りを観光客が歩いておられますが。

▼そうですね。夢京橋という通りができて、観光客が数多くここらへんを訪れるようになった。通りの賑わいを歓迎する人もいれば、生活がしにくくなったと思う人もいる。ひとくちに観光と言ってもカタチは人それぞれで、難しいですね。

▽杉原さん個人はどう思われてるんですか。

▼観光って、もともと光を観るってことなんですよね。光っていうのは、その土地の暮らしぶり、ひいては商売ぶりのことだと思うんですけど、自分たちの暮らし方が結果として観光につながる。訪れた人が「おお」とか「いいなぁ」とか「自分たちもここで暮らしてみたい」とか、隣の芝生は青い、ですけどそう思われるものがないと。暮らしている側にとっては、誇りづくりやプライドづくりなんだと思います。イベントやシンポジウム、コンベンションも欠かせない要素ですが、僕ら自身がこの街の知的なイメージを大切に、もっともっと面白がることが大切じゃないですかね。

▽そうすると、杉原さんたちが中心になってオープンした「招福本舗」というのは…。

▼ただ招き猫が置いてあるだけじゃないですよ(笑)。

 その前に説明すると、夢京橋は今年の五月に完成イベントがあったんですね。ちょうどいまが頂点だと言われていて、そうすると今後は下っていくことになるのか、それは困りますよね。で、通りの中に空き店舗がたまたまできたと。そこで、なんとかしなきゃという空き店舗対策じゃなくて、通りにプラスになる何かをできないかと、能動的な動きの結果が招福本舗につながったんです。内外に向けて、新しい発信が必要だったんです。

▽「城下町夢あかり館」は能動的ではなかった?

▼夢あかり館は行政から案が持ち上がってたんです。彦根にはその昔、蝋燭(ろうそく)屋がたくさんあって、「彦根ろうそく」と呼ばれ将軍への献上品にもなっていた。その伝統に由来するんですが、いまは和蝋燭の職人さんが一人おられるだけで、跡を継ぐ人もいない。もし、その職人さんがいなくなったら、ただ蝋燭を売るだけの店になってしまいますよね。第三セクターとして運営する以上、確実に利益を追求する必要もあるし、地域振興に努めなくてはならない。後継者づくりや、新しい城下町のあかりを求めてゆきたいと考えています。例えば蝋燭のスペクトルは太陽光と同じなんですが、両者を組み合わせた何か仕掛けができないかとか。

▽観光プラス環境的発想ですね。話を招福本舗に戻して、招き猫という発想は招き猫発祥の豪徳寺説からですよね。

▼そうです。発祥地ではないし、豪徳寺説もあくまで一説なんですが。でも、そうやって聞くと、そんな説があったのか、井伊直孝ってどんな人やったんやろって、そういう膨らみ方が面白いんだと思いませんか。招福本舗をフィルターに、彦根オリジナルな情報を受発信していけるんじゃないかと思っています。

招福本舗商標▽安政の大獄の井伊直弼(彦根藩十五代藩主)だけじゃない。

▼ちょっと市史で調べてみたんですけど、二代藩主直孝というのは伊達政宗に意見をしていたり、朝鮮から(朝鮮が飢饉におそわれて)食料の援助要請が来たときに、他の家臣が石数(こくすう)で援助しようと考えたのに対し、船の数にしようと言った人なんですね。日本だっていつ飢饉に見舞われるかわからない。その時、また同じように要請がきて、前と同じだけの石数を調達できなければ国としての体面に関わる。船の数でなら、積み荷を調整して同じ数で援助できると。単純に面白いでしょ(笑)。

▽あぁ、そういう知識を授かる観光というのもいいですね。

▼直孝ゆかりのお寺もこの近くにあるんです。直孝の歯が祀られている大信寺、直孝の母を祀った江国寺。他にも彦根には招福スポットが沢山あって、持ち上げると願いが叶う石地蔵様、首から上のお願いにご利益があるというので、豆腐を持って美顔・美肌を祈りに行く女性が多い仙琳寺のお薬師様、変わり種では、触るとお腹が痛くなる腹痛石、自分で見つけるオプショナルツアーがちゃんとあるんですよ。

▽彦根はお城以外何もない、と言う人もいるようですが、そんなことはないと。

▼そうです。一つのことを深めていくと、新しいことが見えてきて、どんどん面白がれる。彦根には歴史的な本物の景観や、知的なストックがたくさんあるんですから。 招福本舗を招き猫本舗としなかったのは、招き猫を観光の目玉にしてしまおうとするんじゃなくて、例えばいま言ったような招福スポットを観光してもらって、さらに招福本舗のグッズであなたのラッキーをバックアップしますよ、みたいなことなんです。あくまでおまけ、観光のおまけなんです。

▽メインの観光資源をフォローしていくサブの観光資源ですね。

▼今回、招福本舗をオープンするにあたって、招き猫の世界にルートがつながったんですね。もりわじんさんといういま一番人気の招き猫作家の作品も置いてますから、逆に招き猫の世界から彦根が注目されるようになるかもしれない。招き猫の世界には荒俣宏や横尾忠則なんて人たちもいますから。9月29日に彦根でも招き猫祭り(9月29日は招き猫の日。詳しくは7ページ参照)が開けないかなと思ったりもしてます。でも、これを勘違いして”彦根を猫だらけの街にしよう!”っていうのはダメですけどね(笑)。

▽彦根らしいインとアウトを積み重ねながらですね。

▼仕掛ける側が陳腐なものにならないよう、ニセ物じゃなくてホンモノを提供していきたいですね。さっきも言いましたが、自分の暮らし方をどれだけ面白がれるか。プライドなんだと思います。一つのことを掘り下げていくと、きっと世界につながるようなステージ立てる。そんな広がり方をしていきたいですね。

▽今日はどうもありがとうございました。

(1999年8月30日)

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