インタビュー2 「おとなのディスカバリー」について研究のための標本をつくる作業など、本当におもしろい部分を見ていただきたいという思いがありました。 滋賀県立琵琶湖博物館 学芸員 桝永一宏さん

ハエの国際学会に出席したことがきっかけです。

──桝永さんのご専門はハエですよね。

桝永 そうです。大きく言うと昆虫学なんですけど、その中でアシナガバエというハエ類の分類や進化について研究しています。

──どういった経緯で「おとなのディスカバリー」の担当になられたのですか。

桝永 大きくは第2期の交流空間全体を統括しているのですが、「おとなのディスカバリー」というアイデアの元をたどると、2002年にオーストラリアのブリスベンで行われたハエの国際学会(双翅目昆虫会議)に出席したことがきっかけなんです。その帰りに立ち寄ったシドニーにある博物館で、館内にコアラの剥製や恐竜の化石などを自由に触れる部屋があったんです。それも子ども向けという感じではなくて、大人でも十分楽しめるすごく感じのよい雰囲気だったので、うちの館にも、こういう部屋があったらいいなと思いました。

 当時は、館のオープンからまだ10年もたっておらず、リニューアル予算もなかったので、ハエの調査で世界を回りながら、いずれ機会があればなと考えていました。アメリカのシカゴにあるフィールド自然史博物館へ行ったら、恐竜化石のクリーニング作業を実際に見せる部屋を見学したりしながら。

ガラス越しに研究者の作業を見学できるオープンラボ

ガラス越しに研究者の作業を見学できるオープンラボ

──普通は見えない裏側、バックヤードを表に出すという試みですね。

桝永 入館者としてそれを楽しめましたし、学芸員としてつねづね感じていたのは、博物館というのは表で見えている展示の部分はほんの少しだということです。見えていない部分である収蔵庫や、クリーニングして標本をつくる作業や、それをもとに研究して展示に至る前段階が僕らとしては一番おもしろい部分なんです。一般的な博物館の展示ではなかなかお伝えしにくい、その本当におもしろい部分を見ていただきたいという思いがありました。

──オープンラボというコーナーは、まさにその前段階を見せる場所ですね。

桝永 僕も昆虫標本の作業は来館者に見てもらいながら、ここでしようと思っています。みんな恥ずかしがって行きたくないだろうという意見も出ましたが、先ほどのフィールド自然史博物館で聞き取りをすると、ボランティアの人はそうした作業ができることをとても喜んでおられました。当館でも若手の学芸員は結構楽しんでやってくれているようです。気をつけたのは、オープンラボが快適だと思ってもらえることです。この部屋は、ちゃんと空調管理ができるようにして夏でも冬でも快適です。

 また、博物館とともにさまざまな活動を行っている「はしかけ」グループが、ミーティングや剥製のスケッチなどで利用しています。そうした活動の「見える化」が「はしかけ」という制度の広報にもなっています。
 当館関係者以外でも利用いただけるので、いつでもお申し込みを受け付けています。ただし、火気の使用と飲食だけは禁止です。スケジュール表に名前を書いていただいて、あとは、ガラスの向こうのお客さんがマイクで質問してきたら、答えてくださいとお願いしています。

5台設置された顕微鏡はズームとピントの2つのレバーのみで操作が簡単

5台設置された顕微鏡はズームとピントの2つのレバーのみで操作が簡単

──他のコーナーは、どういうふうに組み立てていかれたんですか。

桝永 すでにマイクロアクアリウムがある微生物関係は除いて、分野ごとに何ができるかを考えてもらいました。人文系もふくめて11分野あります。基本としたのは、写真やパネルではなく、実物、本物の資料を出してもらうことです。これらが博物館の土台であるということを入館者に見ていただこうとしています。

──第1期リニューアルでC展示室の生き物コレクションにもたくさんの標本が登場しましたが、あちらとの違いは。

桝永 あちらは展示室なので一方向からしか見えないんです。ここでは上下左右どちらの方向からでも見て、触れて質感まで感じてもらえます。リニューアルして間もない昨年の夏休みに来館なさった4人家族が、机にメジロの剥製を持ってきて、4人それぞれ別の方向からスケッチしていたんです。まさにそれが僕のしてほしかったことで、その姿をたまたま見かけてとてもうれしかったのを覚えています。

いろいろな動物の毛並みを体感できる

いろいろな動物の毛並みを体感できる

──いろいろな哺乳類の毛皮をさわれるコーナーもありますね。

桝永 あの毛皮や哺乳類の剥製は、集めるのが結構大変だったんです。朝早くに車で走っていると落ちているんですよ。いわゆるロードキルにあった死体が。車にビニール袋と手袋を常備していて、見つけたら拾って持って帰っていました。カラスと奪い合いになったりしながら(笑)。それを、博物館にあるマイナス30℃の冷凍庫で保存し、剥製づくりの業者さんへも僕が直接持っていきました。

 その作業のようすをびわ湖放送さんに撮影していただき、解説ビデオとして流しています。タヌキ、モグラ、キジ、カワセミ、スッポン、コイの6種類で、通常、展示室で流すビデオの長さは3分が限度なのですが、このビデオは10分あります。入館者が腰を落ち着けて視聴できる空間でもあるので、終わりまで見てくださる方もけっこういて喜んでいます。

──昆虫のコーナーなどは子どもでも食いつく子が多そうですね。

桝永 そうなんです。好きな子は本当によく知っています。「おとなの」とついていますが、もちろん子どももウェルカムなんです。自分自身、親や年上の兄弟のマネをして、学んでいくことも多かったので、10代の子たちがちょっと背伸びして利用する学びの場にもなってほしいと思います。

 シックな大人の感じの場所にしているからか、子どもたちも標本類を大事に扱ってくれています。オープン前は破損や盗難を心配しましたが、8カ月たって、それほど問題にはなってはいません。

──来るなら平日狙いがよいでしょうか。

筆記具類を完備したスケッチテーブル

筆記具類を完備したスケッチテーブル

桝永 そうですね。この部屋はできるだけじっくり見ていただきたいので。ただ、最初にここへ入ると滞在時間が長くなりすぎて、他の展示室に行く時間がなかったという人もおられます。逆に他を回ってきてから最後に入ると、時間がたりない。一番いいのはくり返し利用していただくことです。自分の採集物を持ってきて調べてもらってもいいですし、標本をつくってもらうのは大歓迎ですので。

──それを発表するスペースもありますね。

桝永 はい。今は特別研究員の撮影した鳥の映像が流れている交流コーナーを利用していただくことも可能です。最終的には、そういうサイクルでこの部屋を利用していただく人が増えてほしいと思っています。

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