淡海の宝石! ビワマスについてのお話

ビワマスの一生と琵琶湖での漁

司会 まず松岡さん、ビワマスの一生はどういったふうなものかを教えてください。

松岡 ちょうど今の季節、秋に産卵します。ビワマスは、琵琶湖で一生を終えるのではなく、川に遡上します。姉川の場合、途中から支流の高時川へ入って木之本近くまで上がって、卵を産むんです。

 1カ月ちょっとで、目の玉が動くようになって孵化し、5月頃、5〜7㎝ぐらいになって川の水が増水すると、琵琶湖に下って来ます。琵琶湖に下った魚はアユを食べます。ちょうど5月の後半から、琵琶湖の竹生島付近にまで泳いで行きます。6〜9月頃までは鱗が銀色をしていて、この頃が一番おいしいです。

 9〜11月、琵琶湖に流れ込んでいる川を見ていただけると、ビワマスが上がっている姿を見ることができます。このように(手に持った雄のビワマスを示しながら)大きく黒ずんでくると、もう産卵期に入っています。雄は、口が曲がります。これで一生を終えます。おおむね3年ないし4年で産卵期を迎えて一生を終えます。1匹がだいたい3000粒から8000粒の卵を産みます。

司会 ビワマスは別名「アメノウオ(アメノイオ)」と呼ばれますが、なぜですか。

松岡 いくつか説があって、雨が降ると川に遡上するからとか、黒くアメ色なっているときの姿をこう呼んだといわれます。

司会 ビワマスの漁は刺網※1で行われるそうですが、これはどんな感じなのですか。

松岡 網はカーテンをイメージしてください。捕るときは、水深が50〜90mのところを狙います。琵琶湖の水面から水深80mまでのところに魚が泳いでいるとします。そこに縦が8m、横が32mぐらいの網を下ろします。実際にはぴんとは伸びないので、27~28m。縦が水深の80分の8ですから、はずす確率も高く、もちろん数㎝でも上か下を泳いでいたら捕れません。向きも大事で、並行して泳いでいたらかからない。天気や地形から水の流れを読んだり、食べ物であるアユの動きを参考にして狙います。

司会 ビワマスは夏に捕るということですけれど、一年中は捕れないのでしょうか。

松岡 琵琶湖で魚を捕る場合、水温が一つのカギです。冬は琵琶湖の水温は水深に関係なくほぼ一定、7℃前後になります。つまり、陸地近くの地先で泳いでいてもおかしくないし、竹生島の深いところを泳いでいるかもしれない。これは漁師にとっては狙いが定まらないということです。それに比べて、夏の水温は高くなると、ある層が魚の泳ぐ層に変わります。その部分にしぼり込めるのです。

司会 お月さまの出ている日はまったく捕れないとも聞きましたが。

松岡 本当のことはわかりませんが、月が半分以上出ると、水面から10m下ぐらいまで光が入り、網を認識しているようです。反対に月が半分以上欠けている日は非常にかかりがよくなります。また、古い網を使うとかからない。新しい網ほどかかるんです。泳ぎ回るアユをパクリとやるぐらいだから、ビワマスの目はすごくいいはずです。だから網も何らかの形で認識しているのでしょう。

司会 ビワマスは頭がよくて、敏感というか、本当に漁師さんの技術、腕がいる魚のようです。琵琶湖とその周辺の環境の変化や外来魚の影響はビワマスにもあるのでしょうか。

松岡 一番ビワマスにダメージを与えるのは、卵を産む川の状態の変化ですね。外来魚は、その育っていく時期と生育場所がビワマスとは異なる、つまり接点がないので影響は受けていないように思います。

 いまは滋賀県漁連が資源維持のために、卵から稚魚を育てて、5㎝ぐらいに育ったものを琵琶湖に放しています。そのおかげで、近年は琵琶湖で年間20t強、30t近くまで、安定して捕れるようにはなってきました。


※1 刺網 目的の魚が泳いでいる場所をさえぎるように網を張り、網目に頭をもぐり込ませた魚を捕る方法。琵琶湖の漁師は「小糸網」とも呼ぶ。


ようやく成功したビワマス養殖の状況

司会 続いて、料理について、川瀬さんにお尋ねします。「鮎茶屋かわせ」で料理も出しておられますが、ビワマスのおいしさというのはどう表現したらよろしいですか。

川瀬 ビワマスの身は非常にすばらしい、つるっとした、きめ細かな肉質、食感を持っています。私は、生まれが旧びわ町南浜(長浜市南浜町)というところです。姉川の一番河口近くにある昔からの漁師町ですが、小さい頃から琵琶湖で捕れる魚の中で一番おいしい魚といえばビワマスということになっていました。焼いてよし、煮てよし、そして生で刺身。ただ、ウゴイやハスはよく食卓に上りましたが、ビワマスはたくさん捕れたときに漁師さんからおこぼれをもらうぐらいで、めったに出るようなものではありませんでした。

 ビワマスのうまさの要因は、アユというおいしい魚、動物性タンパクを食べて育っているという点が大きいのではないでしょうか。日本全国、いろんな種類のマスがいますが、主食がアユというようなマスは、琵琶湖のビワマスだけです。

司会 人間が食べても非常においしいアユを贅沢に食べているビワマスは、当然おいしいわけですね。ビワマスの身が赤いのはなぜでしょうか。

川瀬 ビワマスは、琵琶湖の底にすんでいるアナンデールヨコエビという琵琶湖固有種のヨコエビを食べています。身がきれいなピンクであるのはその色素であるアスタキサンチンのためとされています。このエビをあまり食べていないと、ちょっと黄色っぽい身になります。それに産卵時期に入ると、卵の方に栄養がいってしまい白いパサパサの身になってしまいます。

司会 ビワマスが一番おいしいのは、やはり産卵前の魚ということですね。

川瀬 そうですね。やっぱり8月までですね。

司会 次に養殖技術についてご説明いただけますか。

ビワサーモンの刺身

ビワサーモン(養殖ビワマス)の刺身

川瀬 私はアユ料理の店(「鮎茶屋かわせ」)もやっており、そのメニューとしてビワマスの刺身の盛り合わせも提供してきました。けれど、天然のビワマスは、松岡さんの説明にもあったように、月夜回りは捕れないとか、台風が近づいて漁師さんが全部網を上げてしまうといった理由で、なかなか常時安定供給というわけにはいかず、数年前まではメニューにも「ない日もあります」とかっこ書きする状態でした。

 ビワマスの養殖は、滋賀県の水産試験場では長年の悲願といえるものでした。琵琶湖で捕れる一番おいしい魚を何とか養殖できないか。試験場で取り組まれて15年目の昨年、養殖魚として本格的に生産を開始されました。うちの養魚場に初年度3000匹を試験的に池入れしました。最初、養殖ビワマスは人に慣れさせているとはいえ非常に警戒心が強く、エサとして与えている配合飼料を食べませんでした。人がちょっと近づいても過敏なほど逃げ回るので、竹で隠れる場所を設けたりしました。ある程度エサに慣れると、ニジマスのように寄って来るようにまでなりました。水産試験場で永年苦労なさった水産技師さんのおかげですが、アユに比べると非常に育てやすい養殖魚になったと感謝しています。

 ただ1年目、ビワマスの雄は成熟して全部死んでしまいました。2年間は大丈夫かなと思っていたんですが、雄は1年目、99%がケンカし合って死んでしまったのです。そこで2年目は、夜もずっと照明をつけて成熟させない、キクなどと同じ電照飼育方法をとったところ、雄が死なずに大きくなりました。今日食べていただく養殖のビワマスは、醒井養鱒場から買い受け、今年5月に池入れした稚魚を育てたものです。

司会 どういった場所で養殖されているんですか。

川瀬 私の養殖場は、姉川と草野川の中洲のところの伏流水を使っています。マスの養殖場の多くは山の中にあって谷水や湧水を利用されているので、ポンプ代(電気代)がかかりません。うちは地下水を使っているので電気代が経費としてかかります。それでも採算が合うようにするには、生産量を年間20tぐらいの規模にする必要があり、今の時点では人手の面でも厳しい状態です。

 打開策は、もっと安くて、肉質を天然物に近づるためのエサです。現時点でビワマス専用のエサというものはありませんので、マス類やアマゴ類用のエサをやって育てていますが、やはりアユを食べさせなくては、天然のビワマスにいま一歩近づけてないのではないかというふうに思っています。

司会 エサについて、川瀬さんのところは、アユも養殖されているので、その未利用のアユを今後使えるようになれば、味も増し、エサ代もかからないようになるのではないでしょうか。

川瀬 これまではロスとなっていた死んだアユですね。それを冷凍しておき、魚粉にする。養殖魚のエサは、ミールと呼ぶイワシや小サバの魚粉と植物タンパクなどを混ぜて飼料メーカーがつくるわけですが、アユの魚粉を入れたエサが開発されれば、ビワマス養殖も軌道に乗せやすくなると思います。

司会 エサについては長浜バイオ大学などの先生も、なるべく天然に近く、脂の乗ったビワマスができるように研究を進めておられる状況です。

会場参加者との質疑応答

司会 それでは会場の皆さん、何かご質問はありませんか。

会場参加者 ビワマスの雌は、あのように卵を産むとこの世を去っていきますけど、雄はどうなるんですか。

松岡 自然界では、雌も色が違うように見えますが、卵を出したら10分足らずで真っ黒に変わります。わずか10分です。雄も同じように、雄の方はまだちょっと現状を保ちながら、徐々にカビが生えていったりして、川の流れに逆らわずに流れて行きますね。その後、両方とも死にます。ただ、体が銀色のままだとまだ成熟していないので川へは遡上せず、同じ年に生まれた魚であっても1年間寿命が延びます。

会場参加者 ビワマスが川に上っていくときの川の状態というのは、どういう状態が一番いいのでしょうか。

松岡 サケ科ですから、ビワマスも生まれた川に帰る習性があります。卵を産みつける砂地の状態と、濁水が流れても水量が安定していて、速すぎず遅すぎずの流れがあればよいと思います。

会場参加者 ビワマスは地域の食べ物として、過去はどんな状態だったのですか。アユやフナずしは全国的に有名なのに対し、ビワマスは隠れていたわけですか。

川瀬 以前は地元と近在の料理屋さんでほとんど消費されてしまい、県内でも一般家庭の食卓に上ることはありませんでした。沿岸部の漁師町では郷土料理として、マスのコケラズシ(2ページ写真参照)や、ビワマス入りの炊き込みご飯である「アメノイオご飯」も生まれていました。

 天然ものは限られた期間しか漁が行われず、流通量が少ないということもありますので、私は養殖でも年中ビワマスを口に入れていただける機会を増やしていただければと取り組んでいるわけです。天然ものと養殖ものは区別してもらってけっこうです。養殖ビワマスは「ビワサーモン」という名称で、滋賀県の湖北、長浜市に来れば食べることができるというふうにしたいと考えています。
会場参加者 現在の天然ものの漁獲量など、どういう状況か教えてください。

松岡 刺身で淡水魚を食べるというのは、最高の贅沢なんです。淡水魚は細胞膜がとても薄いので、捕れた翌日にはもうダメになります。これまでは本当に食べたかったら、琵琶湖周辺の港町に行ってそのチャンスに恵まれないかぎり口にできなかった。それがいま、流通システム、それに冷凍や保冷の技術も非常に改善されました。

 ビワマスについては、好き嫌いがほとんどないと考えていいと思います。「淡水魚は苦手」と言われる方がかなりあるのですが、ビワマスとアユについては、まずそういうことはないと思っております。

司会 そろそろ時間です。松岡さんと川瀬さんにもう一度大きな拍手をお願いします。
(2011年11月19日)

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