2006年 6月 5日

現代の近江商人

塚喜商事の塚本喜左衛門さんからのご案内状を頂戴し、京都の重森美玲邸にお伺いした。
重森美玲さんのことをほとんど知らなかったのであったが、テレビコマーシャルに登場していた庭園であった。重森さんは、昭和を代表する造園家であると同時に多彩な才能をお持ちの人であったことを改めて知った。

重森邸と、隣接する屋敷を「招喜庵」として、このほどオープンされたのだ。

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塚本さんは、本業と同時に、伝建地区の五個荘金堂のご自宅を毎年公開されたり、また今は新たに登録文化財の保存にご尽力されていると聞き及ぶ。

かつて近江商人がさまざまな形で地域への社会貢献事業を展開してきたが、まさに塚本さんは現代版近江商人として先人と同様の事業展開をされている。

真夏を思わすような日差しではあったが、涼やかな風が吹く中、清廉なお庭を拝見して豊かな心持ちがする。

イサム・ノグチに影響を及ぼしたという、林立した四国の青石が、一層涼やかさを増幅している。

楽しいひと時を過ごさせていただいたことに感謝感謝である。

塚本様ありがとうございます。

2006年 5月 21日

竹工芸の杉田静山さん

野洲市銅鐸博物館で開催中の企画展「杉田静山の世界」の出かけた。
1996年『紙とペンで歩んだ道』という杉田さんの自分史を作らせていただいたことでお付き合いが始まり、その作品の流れるようなメロディーがなんとも繊細で精緻な竹工芸に惚れ惚れしていた。

そしてわが社の情報誌「DUET」にもご登場いただいた。

出かける前から楽しみであったが、まさに杉田さんの作品の歴史を見る企画展は、どの作品も表現に窮する豊かさがあふれていた。まさに杉田さんのお人柄そのままである。運よく会場におられた作者としばしお話ができたことはこの上もない歓びであった。
人懐っこいやさしいまなざしで、作品のこと、企画展開催までの経緯、技術伝承のための記録作りのことなどなど、一気にお話いただいた。横では古川館長が紙とペンを持って、杉田さんに話を伝えて下さった。

杉田さんはご自身の作品を紹介するホームページをお持ちであるが、是は奥さんが撮影から頁アップまでなさっているとのこと。

会場入り口付近に、一番最初の作品という、何気ない手提げかごがショーケースに納まっていたが、飾ることがお嫌いな杉田さんらしくほほえましかった。ちょうど教え子のみなさんが大挙会場にこられていただけに場内は熱気が渦巻いていた。その中で過ぎたさんはみんなに、懸命に説明されている。
素晴らしい作品にお出会いできたこと、そして変らぬ杉田さんとお話ができたこと、きょうのお天気のようにすがすがしく晴れ晴れとした休日であった。

2006年 5月 16日

近江商人誕生の背景

創立以来4年を迎えたNPO法人三方よし研究所「石の上にも3年」「3号雑誌」などどうにも3という数字を越えると永続性への道筋らしい。

事業の永続性を求めた近江商人の経営理念に学び波及することを目的としているのであるから、なんとしても長く活動を続けねばならない。

5月13日は通常総会を開催。
総会に先立って木村至宏氏の
「近江商人誕生の時代背景を探る」
と題する講演会を開催した。

近江の近世史、とりわけ交通史がご専門ではあるが、広い見識があり、独特の話術は参加者一同が吸い込まれえるように聞きほれる。

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たちまち時間が過ぎる。

本年は、なるほど三方よし講座のテーマとして、中世から近世の近江状況から近江商人誕生の要因を探ろうとするが、総会後、本日の木村先生のお話に酔った面々、もっともっと聞きたいとの合唱。
ご多用の先生にご無理をお願いすることになることであろうが、
再度のお話が楽しみでもある。

2006年 5月 3日

嘉田由紀子さん

知事選挙に立候補を表明した嘉田由紀子さんが来社。

今回の嘉田さんの行動には正直驚いたが、彼女の持論を通すためには正当な選択であったのかもしれない。純粋に滋賀のこと、琵琶湖のことを考えると、人任せにはできないというのが本音なのだろうか。

印刷業から出版に移行していく中で、近江の歴史や文化資源にかぎりなく誇りと自信を感じ、こんな素晴らしい地域をより多くの人に知ってほしい。住んでいる人々がその素晴らしさをもっともっと実感し、誇りに思うこと、守っていこうと行動することが、大切だと思う気持ちが大きく膨らんできた。

しかし、現実の問題として、自らの気持ちをセーブしなければ事業として成立しない部分も少なくはない。幸いにも、行政の問題解決の過程に参画できる機会をいただいてはいるが、ここは議論の場ではなく認証するかどうかの場のように感じている。

従来からの滋賀県の動きをすべて否定するものではないが、社会の変化の中で、従来の慣習からふっ切れていないことも多く、小さな動きであっても足元から湧き上がった大切な動きを増幅できるシステムもすくない。

また全国的に注目された滋賀独自の事業でも、さまざまな理由付けで打ち切られているという悲しい現実もある。

嘉田さんの考えは十分理解しているつもりではあるが、決して低くはないハードルであろうが、彼女らしい行動で飛び越えられることを心から願いたい。

2006年 4月 22日

金亀食堂のポスター

まちの駅「寺子屋 力石」でスピーチをする。
彦根商店街の花しょうぶ通りの中心にある商家が最近リニューアルしたもので、
彦根景観フォーラムと商店街のみなさんが運営。

まちの駅は以前、駄菓子屋さん風で商店街有志の方が運営されていたが、ようやく本格的な活動が始まり喜ばしく思う。

今日は「私と三方よし」という話をするように言われていたのだが、
どうしてもみなさんに見てもらいたい孔版画があったので、スライドでご覧いただいた。
それがこの孔版画
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昭和15年ぐらいの頃の作品であろうと思うが、

私が一番好きな作品

この金亀食堂が力石のまん前にあったのだ。
ここのマスターに独身時代の豊秀はフランス料理の手ほどきを受けたと聞いている。

どこか夢二のイメージが漂う作品である。

画像が小さいのでわかりにくいが、
女性の着物の柄が金色で鶴の刺繍を描かれている。

色合いが豊秀らしく、一番多く作品を作った時代でもあった。

2006年 2月 20日

なるほど三方よし講座

三方よし研究所では近江商人の経営理念の普及を目的に楽しみながら、理念を理解してもらおうと毎年、理念講座を継続開催してきた。

本年はとりわけ、近江商人の扱い商品をテーマにした。
夏には「ヨシ」秋には「近江上布」そして、2月18日には、日本酒をテーマに木之本の冨田酒蔵の酒蔵にお邪魔した。

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酒蔵ではまさに絞りたてを試飲し、みな上機嫌。続いては
『近江の酒蔵』の著者、家鴨あひるさんのお酒談義。

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まさに旨い酒と、旨い肴が登場し、冨田酒蔵製のお酒に飲比べ、
なんとも満足な一日でした。
なるほど講座 042.jpg ずらり並んだお酒を前にして冨田専務のそれぞれの味の解説

それにしても家鴨さんの日本酒へのこだわりと情熱、脱帽です。
いいお酒をどんどん紹介してください。

2006年 2月 7日

さようなら「ストップフロン滋賀」

フロンガスによる環境破壊を防ごうと誕生した「ストップフロン滋賀」のさようならパーティが大津で開催さrれた。
1994年2月6日に生まれて12年の活動に一応の成果を達成したということで発展的解散ということである。全国に先駆けて廃棄された冷蔵庫からガス回収から始まり、オゾン層を守ろう全国大会の開催にはじまり温暖化防止、環境保全運動を展開してこられた。

この間事務局を担当されていた野口陽さんは、電器店を経営され、自らの職業を通じて自らができることから着手されてきたことに敬意を表する。

10年以上も前、地域づくりの会合でであったときにその熱い思いをお聞きし、この会にはいったものの、頻繁に送付されてきた情報を読むだけのメンバーであったが、2003年の冬に突然のご依頼で
オゾン層ってなんだろう」という絵本の版元を引き受けることとなった。

その時のチーフの竺さんが、サンライズに白羽の矢を当てたらしいのであったが、メンバーはすでにサンライズの存在をご存知で、初めて知ったのが竺さんだけだったということで、すんなりと話が決まった。

このオゾン本は、萩由美子さんという素晴らしい能力の持ち主のパワーで、たちまちに増刷となり、滋賀県、静岡県、兵庫県の各小学校や中学校に贈呈され、英語を併記したことで海外のも広まっている。
国際人の萩さんならではの展開であるが、製作の段階でのメンバーの協力体制が堅いことに驚嘆されながらも楽しく仕事が進んだ。

ストップフロン滋賀の活動は全国の「ストップフロン」の中でも注目される目覚しい活動を展開し、フロン排出禁止の滋賀県条例を制定しているが滋賀での活動は一応の成果を見たことが今回の解散の理由で今後は全国の仲間とともに歩んでいこうという。

この日はオゾン層保護啓発の紙芝居が完成し披露され、先駆けて広中和歌子さんの地球宣言の講演もあった。

難しい問題ではあるがそれを楽しみながら考えよう、わかりやすく伝え、啓発するみなさんの姿勢が好ましい。顔をそろえた面々もみな楽しんだ。

講演いただいた広中先生には、鈴木靖将さんが、得意の美人画を贈呈。
紙芝居づくりに奔走したのが『ぼくたちの地蔵盆』など児童文学書でお世話になった西本育子さん。

初代会長を努めた宮川琴江さんは、12年の歩みのスライドを解説しながら感慨深げに歴史を語る。彼女は、かつて『スープはどこへ』でご支援いただいた。

今日も一人で走り回る萩さんの、本業のバイオリンの調べが静かに幕を閉じた。
少人数の催しにも係らず、参加された政治界の方が多かったことの驚いたと同時に、この人たち、次にはなにをするのか目が離せそうにないなと感じた。

今日の琵琶湖はひときわ美しく、対岸の様子が手にとるように見えていた。
みなさんの心も達成感が一杯で晴れ晴れしていたことであろう。

2006年 2月 1日

幻の「現代に生きる三方よし」

三方よし研究所の前身は滋賀県AKINDO委員会の実行組織であったAKINDO会議という若手経営者の組織であった。

いまから10数年前、当時の知事が、「近江商人の経営理念を滋賀県の産業おこし、まちづくりにいかそう」と設立された。
公が作る団体は、お歴々の名前を連ねた組織が作られるが、実際は事務局が事業の遂行を行い、資金の流れや決算に関する決議機関として全く形骸化していることが多い。このAKINDO委員会も設立当初はかなり熱意があり、時代も良かったこともあって、大きな予算で大きな事業の展開もあった。

しかしながら残念なことにようやく世間が近江商人の理念を見直す機運が生まれる頃には、「スクラップ&ビルド」という役所の意向が優先され、発展的解散という美名の下で終焉した。

当時、血気盛んに解散への異議を唱えた仲間とともに設立したのが、NPO法人三方よし研究所である。

行政の都合で終焉したものの、世間は近江商人の窓口として滋賀県庁に問い合わせがある。
電話交換嬢は事情が良く理解できないながらも、それでも的確に事業を引き継ぐ部署につなぐ。

ところが担当者は、おおむね3年ぐらいで転任するので、多少の引継ぎはあるものの、詳細な状況は知りえることはない。こうした状況の影響で、本日滋賀県商工観光政策課から、ある問い合わせがあった。

『現代に生きる三方よし』という書籍がほしいという問い合わせがあったのですが・・・・。

同様の内容の電話は,これまでにもなんどもあった。
この書籍のタイトル、われながら、時代を感じると自信があった書籍である。企業の社会的責任 CSRが注目される中、300年も前に「三方よし」といわれる企業の責任を感じていた近江商人の理念が今見直されているのでこうした引き合いがあるのは当然である。

しかし、この書籍は、市販されなかった。

AKINDO委員会の終焉記念として発行が企画されたが、私は、当然市販するべきだと思い、少し勇み足で、記念本の印刷と同時に市販本を制作した。

ところが滋賀県の合意を得ることが出来ず、印刷した書籍は全て廃棄処分したのであった。
確かに私の勇み足はあったが、設立当時の心意気がすっかりなくなっていた担当者の気持ちを転向させることはできなかったのであった。

公的な機関の事業は、多くが社会的に評価されるものであるが、いつしか当初の設立の思いが薄れることは残念である。担当者がかわっても、事業遂行が順調にすすむことに行政のシステムの優秀さを痛感しているが、情熱や熱意が継続して伝わっていないことが多い。

近江商人が最も懸念したのが創業の志を末代に伝えることであったと思っているだけにこの幻の書籍、未だに残念である。

三方よし研究所は小さな組織ではあるが、歯をくいしばっても初心を貫きたいと思う。

2006年 1月 8日

功名が辻本日より放映

長浜城歴史博物館は、休日が非常に少ない博物館である。
本年も1月3日より、大河ドラマ「功名が辻」特別企画展が開催。

本年は長浜を中心に北近江がドラマの舞台になることから11月28日まで展示内容を入れ替えながら、「一豊と秀吉が駆けた時代-夫人が支えた戦国史-」がテーマの大型企画となっている。

恒例となった図録がようやく暮の12月29日に完成。先ずは安堵。

本日は、北近江一豊・千代博覧会が開幕。長浜市とその周辺市町でも本格的なイベントが始まった。

「一豊・千代歴史館」の会場となる長浜城歴史博物館には、雪が降りしきる生憎の天気にも係らず、大勢の来館者があり熱気あふれていた。特設ミュージアムショップも設置され準備は万全である。

今回の図録は、企画・編集・執筆とまさに八面六臂の活躍で大半の原稿を館長補佐の太田浩司さんが執筆。それだけにできばえは上々、太田さんいわく「どこにもない大河関連本となった。」と自身満々。

ではあるが、ここにいたるまでは、いつにない焦りがあった。大河ドラマに功名が辻が決定と同時に、主役の太田さんは取材・講演・史料の問い合わせ等等、年末に近づくにつれ、その多忙はきわまり、本当に原稿を書く時間などない状態となっていた。さらには市町村合併に伴う事務作業のオマケまであり、

「もう瀕死の状況だ」と嘆く太田さんに
「いいですよ、まだ」と表面は、追い詰めないようにと笑みをたたえながらも、内心は引きつり、次第に焦ってきていた。原稿なしではなんともての打ちようがなかった。

ようやく原稿が揃ったのが12月19日。大特急で版を組み、校正、印刷、製本。
そして12月29日何とか完成。その間の関係者にはただただ感謝感謝である。

最後に登場した、この本、他の大河関連本とは一味もふた味も異なった内容となった。
太田さんのがんばりの成果といえる。

一般発売は今月中旬になるが、早くご覧になりたい向きには、どうぞ雪景色の長浜城歴史博物館までお運びいただければ入手いただける。

ドラマの総合監修者、小和田哲夫氏の「一豊・千代が生きた時代」の寄稿や、新進作家、畑裕子さんの「戦国三夫人物語」が本書を彩っている。豊富な史料と地元ならではの密度の高い内容の大河本である。ドラマの展開とは別に、主人公の真実に迫っていただきたい。

2005年 12月 18日

近江戦国の女たち

広告のおかげか北海道から「近江戦国の女たち」をご注文いただいた。
直接電話を受けたこともあり喜びもひとしお

今回の発行には著者の畑裕子さんには散々無理難題をお願いしたが、
畑さんは、そのたびに常に意欲的に取り組んでいただき、いい出来上がりと自負している。

畑さんとは『近江百人を歩く』の出版以降、親しくお付き合いさせていただくが、作品ごとに新鮮な作風がすばらしい。
今回はまた新たな境地をひらかれ、語り口調がとてもいい。
過日の発刊記念会でも、内容と寸分違わずの語りが好評であり、
お友達も立ちからから「女優デビュー」と冷やかされていたが、遺憾なく聡明ぶりを発揮されていた。

当然、中には一豊夫人「千代」さんも登場、来年の大河ドラマの裏話的な書籍となった。

ところが、本命の「秀吉と一豊が欠けた時代―夫人が支えた戦国史―」の制作が遅れている。
気ばかり焦る毎日である。放映までに間に合うだろうかどうかが気がかりである。

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