2011年 5月 20日

これ、なーんだ?


実物はもう少し緑っぽいのですが、何だかわかるでしょうか?

ヒント1
 食べられます。
 
ヒント2
 甘いです。
 
ヒント3 
 一般に見るのは、もっと太くてまっすぐです。
 
ヒント4 
 洋風にいうとアンゼリカ です。
 
 

実は、母がもらってきたフキを砂糖煮したものです。
 
家の庭の草ブキよりも少しだけ太かったので、少しお菓子にしてみました。 
お味といえば、市販のアンゼリカとは全然違って野趣そのもの。
青臭さが残っていますが、ウイスキーの水割りのお伴に
ちょっとつまむのには、まあ有りかな? 
  

ところで急に暑くなってきたので、庭の山椒の実が膨らんできました。
ちょっと放っておくと、芯が堅くなるので、急がねばならないわ。 
 

ボチッと茶摘みの早乙女ではなく、
山椒の実摘みの晩乙女(オバサン)しましょ。

2011年 5月 8日

ハーブティーと簡単スイーツ

姉が庭にいろんなハーブを植えていてくれます。 
ミント、ペパーミント、オレンジミント、レモンバーム。 
放っておくと、どんどん大きくなるし、終いには野生化してしまうので、 
ハーブティーに変身。 
摘んで、サッと洗って、手でちぎってポットに入れて、 
そして沸騰したお湯を注いだら出来上がり。 
熱いまま飲んでも良し、冷めてもよし。 
ウイスキーのハーブティー割りは、お勧めです。
 
 
 
 
さて、ちょっとスイーツが欲しいと思ったのだけど、既に午後8時。 
何か冷蔵庫にあるもので、簡単にできるものはないかと料理本を見たら、
ありましたよーっ!!
クレーム・ブリュレ 
作り方はすごく簡単。
卵黄2個と砂糖40グラム、ふるいにかけた薄力粉30グラムを 
泡立て器で混ぜる。 
人肌に温めた牛乳200ccを加えて混ぜる。
これを弱火でトロリとするまで木べらで混ぜる。
溶かしたバター大匙1/2とウイスキー少々を加えて冷ます。
生クリーム100ccを泡だてて、冷ませたものに加えて混ぜる。
容器に入れてグラニュー糖を表面に振りかける。
熱したスプーンで表面をなでて焦げ目をつければ完成。
 
なあんだ、こんなに簡単に出来るのですね。

2011年 5月 8日

連休の過ごし方

 
ゴールデンウィークもあと一日。みなさんはどんな過ごし方をされたのでしょうか?
私はもっぱら、山菜採りの日々でした。 
新幹線のそばの休耕田で見つけたノビルは畔道のとは違い、ショベルを遣わなくても手でスッと引き抜けるので、とてもラクチン。近くの湧水でドロを落として、お掃除。結構大きかったので、らっきょうのように酢漬けにできるかも知れないと、冷蔵庫に入れています。 
今年はタケノコが不作でしたが、でもタケノコごはん、豚肉との炒め煮、お寿司、木の芽あえ、味噌汁、カツオ煮、佃煮など毎日食べました。
草ブキは昆布と山椒の実の佃煮、2時間かかって採った木の芽はジャコとカツオブシと刻み昆布とともにじっくり炊き上げ、保存食に。 
 
田舎ならではの休日を満喫いたしました。
 

 

2011年 4月 11日

お花見している場合じゃない

鳥居本の本陣にある桜も咲いて、本日はまさにお花見日和です。でも私と言えば、桜を愛でつつ、のほほんとしていられない季節なのです。
なぜかというと、4月、5月といえば野山に食材になる植物が
ドンドン顔を出すのですから。
まずはこの山椒の芽。柔らかい新芽をいっぱい採ったのですが、
お醤油とお酒でコトコト炊いたら、小さな容器にちょこっとだけ。
でも年に一度しか食べられない贅沢品です。 
 
前栽の隅にミョウガが出てくるところがあり、
姉が「あの葉はミョウガと違うの?」と言うので
見ると、以前食べたことのある緑の葉。
ウーン、何という名前だったか覚えていなかったので、
引き出しにしまっていた1993年の「早春の草花観察」と
いう冊子を見ると、ヤブカンゾウの若芽でした。
こちらはサッとゆでて酢味噌和えにしました。
 


そろそろノビルやツクシが出ているはずだろうということで、
近江鉄道と新幹線の間の野道を歩いてみると、
ほら、ニョキニョキ顔を出していました。
ツクシはハカマを取るのがとても面倒なので、
こういう茂みに頭を出しているツクシを採ります。
ウーンと草の間から背伸びしているので、
実はこのツクシン坊は結構背が高く、
ハカマの間隔が長いので、取るのがラクチンです。
採ったツクシの半分は熱湯でサッとゆがいて、
薄い醤油ダシで炊いて卵とじにし、
残りは油でいためて醤油と砂糖を入れ、
カツオをまぶしました。
 
 
 


以前琵琶湖博物館のタンポポ調査に参加したとき、タンポポの見分け方を学んだのですが、このあたりのタンポポは関西タンポポです。
見分け方は花の裏側、総苞外片が花弁にピタッと沿っています。
ちなみに西洋タンポポの総苞外片はカールしています。
開発が進んだ土地には西洋タンポポが勢力を伸ばしているようですが、このあたりは、土地改良もされていないので、関西タンポポが健在です。
この時期のタンポポの葉っぱは柔らかいのでサラダに変身させました。
タマネギのスライスとタンポポの葉っぱにクレイジーソルトを振り、いためたベーコンを油ごとナッパに入れて、あとはお酢をたらして、チャッチャッと混ぜたらできあがりです。

午前中は久しぶりに南浜にある
産直びわ・みずべの里に行き、
石貝のむき身と鮒を買ってきました。
こちらがその石貝と大豆を炊いたもの。
えび豆、いさざ豆など、湖魚とお豆さんは
どうしてこんなに愛称がよいんだろう。
ごはんに良し、お酒にも良し。
そして炊きたてはやっぱりおいしい。
 
 
 
 

 そしてこちらが初挑戦した鮒の甘露煮。
子つき鮒のウロコを取り、筒切りにしていたものが売られていたので、私は煮るだけ。
昨年採った実山椒が冷凍庫に残っていたので、ドーンと奮発して甘露煮に投入。

焦がさないようにと、庭のハランをお鍋の下に引いたのでお魚は無事でしたが、どうやらザラメが十分溶けていなかった模様で、お鍋にハランの一部が焦げ付いてしまいました。
お鍋は目下重曹入りの水をつけて回復を待っているところです。 
 

2011年 3月 17日

編集を一手に引き受けていただきました

3月15日、彦根市の記者クラブで『彦根城の諸研究』のプレス発表をしました。今回の本は彦根市出身の海津榮太郎さんが長年彦根城の研究をされており、その論考を1冊の本にまとめたものです。
 海津さんは『近江佐和山城・彦根城』にも原稿を書いていただいているのですが、私は全く面識はありませんでした。しかも構成をご覧いただいたものの、出来あがった本を手にとってもらえないまま、お亡くなりになったのです。
 城郭研究の中井均さんがまだ「城好き少年」だった頃、海津さんにお城のことをいろいろ教えてもらったということは聞いていたものの、本当に仔細に彦根城のことを調べておられ、その原稿は多岐にわたっていました。
 ところが、この原稿をそのまま本にするというのは、今流行りの「自炊」であるため、ある程度編集するべきだということになり、その労苦を一手にこきうけていただいたのが、30数年来のおつきあいのある森山英一さんでした。 
 
 
海津さん同様、某大な資料をお持ちの森山さんは再度原本に当たり、細かくチェックをしていただき、初めて読まれる方にもわかりやすいようにと補註をいれて、著作集が出来上がりました。記者発表では、海津さんの人となりから研究の内容までくわしく説明していただきました。
 お城関連の会は全国にたくさんあり、機関誌も種々でていますが、一般読者の目に触れることは少なく、また何十年も前に発行されたものを手にすることはなかなかありません。そういった意味で今回の本は彦根城に関する資料として、是非残しておかなければならないものでした。
海津さんは彦根高商を卒業後、尼崎、大阪に住んでおられたものの、彦根へ何度も来られては、図書館で一日中史料を調べておられたと聞きます。ひとつひとつ彦根城の謎ときをしている本で、お城を好きな方は必携です。

2011年 3月 17日

今、私たちにできることは何か

連日の地震で買占めに走る被災地以外の状況をみて、思い出したのが昭和48年のオイルショックのことでした。当時はトイレットペーパーと灯油の買占め騒ぎがあったのです。
その時私は大学2年、京都で下宿生活をしていて、1カ月の仕送りが4万円でした。当時の平均生活費は下宿代9400円(6畳、3畳の離れを借りていた)、食費が11000円、通信交通費3600円、光熱費は2100円、茶道と洋裁の稽古代6200円、被服費5400円、教育教養費4000円、保険衛生費2000円、雑費その他5000円、計45100円ということで、日給2000円の短期アルバイトを時折やって賄っていたわけです。数字を詳細に示しているのはもちろん大学から25歳のOL生活の間ずっとつけていた金銭出納帳の月別収支によるものです。そんなに細かい数字まで覚えてるわけないです。
 あらっ、こうして見てみると、生活を切り詰めながらも、お稽古代を結構使っていたのだわねぇ。娯楽、たとえば映画はボーイフレンド持ちとかで、自分では払わなかったような……。
 さて、そのオイルショックのとき、私は上記のような、つましい生活をしていたものですから、トイレットペーパーの買占めなんてできません。灯油は近所のお店で1斗缶に入れたのをエッチラ持って帰ったのですが、高騰時期は550円が1カ月後は380円でした。つまり、あわててまとめ買いしなくてラッキーだったのです。
 というわけで、今、被災地にいない私たちにできることは、日々必要な必要最小限買えばよいのです。もし、足りなくなったら、代替品を探すということや、消費を減らすということで、知恵を絞ればなんとかなるものだと思います。

2011年 3月 9日

来週から世田谷で白洲正子展

滋賀、愛媛、そして3月19日から世田谷美術館で白洲正子展が開催される。
日曜日に長命寺のご住職にお出会いし、「東京へも曼陀羅図がいくのですね」とお話していたのだが、あの参詣曼陀羅図を最初に拝見したのは、確か10年ほど前、6月に境内で開催される「あじさいコンサート」のとき、そして1昨年に見せていただいたのは、長命寺の穀屋寺で見つかった折り目のついた参詣曼陀羅だった。
なぜ、折りたたんでいたのかというと、勧進聖が曼陀羅図を持って各地を歩いて絵解きをして寄進を募ったのだそう。
滝行をしている人がいれば、門前の店のようなところもあり、当時の風俗もわかり、じっくり見るととてもおもしろい。出来ることなら、一度ご住職に絵解きをしてもらいたものだが……。

2011年 3月 1日

春が来た

明日から3月です。ところで今年の冬は1月は大雪だったのに、2月は本当に暖かい日が続き、昨日の日曜日は気温が20度に達していました。 
というわけで、春の味覚を食べんとアカンとふきのとうを採ってきました。
半分はやっぱり天ぷらです。衣がたっぷりなので、見てもわからないと思うのですが、ふきのとうと小エビとミニセロリとイカです。イカは胴を塩焼きしてお酒のアテにしようかと思っていたものを数切れ天ぷらにしました。生のイカを天ぷらにしたのよりも、柔らかかったのには驚き!!

あとの残りはふきのとう味噌。高山みやげの朴葉味噌が残っていたので自家製味噌と半々いれて作り、大根を軟らかく炊いたのに味噌を漬けていただきました。 
実はこの大根、ジムでご一緒のOさんの畑からもらってきたもの。なんでも3月になったらじゃがいもの植え付けをしたいから、「欲しかったら勝手に引いといて」と言われたものだから、遠慮なく、10本いただいてきました。おちびさん大根なのですが、でも10本といえば、結構な量があるので、早速干し大根とゆず大根を作りました。ウーン、ニシンの麹漬けにもチャレンジしたいけど、時間切れ。とりあえず残りは新聞紙に包んでおきました。 
Oさんありがとう。 

2011年 2月 5日

ダシガラを捨てないお料理

版元ドット・コムの忘年会では毎年、版元が自社の本を1冊持ち寄り、交換会をします。昨年、GETしたのは『新版 ごはんとおかずのルネッサンス 基本編』、イル・プルー・シュル・ラ・セーヌというフランス洋菓子店が版元さんの本でした。 
 
帰りの新幹線で、なぜ洋菓子店で素朴な材料で作る和の料理本を作ったのかとかという謎は解けたのですが、この本の一風変わったことは、イリコ・昆布・カツオで取ったダシガラを捨てるのではなく、一緒に食べてしまうということでした。 
ヘーッと思いつつ、茶の間の本棚に差して置いたら、姉が見つけて読んでいるなと思ったら、早速実践してくれたのが、これです。
 
 
 
ほんと、実だくさんの炊き込みごはんとお味噌汁でしょ。他にはフナのお刺身とお漬物でもう十分おなかがいっぱいになりました。たまたま、母が2週間ほど入院した後ということもあり、目下、食事係は姉が一手に引き受けてくれていて、ダシガラも食べてしまうお料理をいろいろ作ってくれています。大根、ひじき、しいたけ、こぼう、ニンジン、大豆など食材は一般に手に入るものばかり。昨年作った自家製の干しタケノコも使ってとリクエストしたところ、うまく調理してくれました。 

2011年 1月 29日

愛媛県美術館で近江の仏さまと出会えるチャンス

昨年10月に滋賀県立近代美術館で開催された「白洲正子 神と仏、自然への祈り」展が、明日から四国・松山で開催されます。『近江の祈りと美』に掲載の仏さまや神さまも10数点、愛媛県美術館へご出張……、いえご出展されています。
四国の皆さま、また期間中、四国巡礼をされるご予定の皆さま、一カ所で多くの仏さまに出会えるチャンス! 是非ご来館ください。
 
と き 2011年1月29日(土)~3月6日(日)
ところ 愛媛県美術館
 
ちなみに、この展覧会場で『近江の祈りと美』『近江観音の道』
を販売しております。
 

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