2011年 6月 06日

本を生み出す《配偶者の》力

 社会学者3人が学術書の出版社4社(ハーベスト社、新曜社、有斐閣、東京大学出版会)の歴史、体制、戦略などを調査し、本ができるまでの過程を追った『本を生み出す力 ―学術出版の組織アイデンティティ―』(新曜社)を読んだので感想を。編集者へのインタビューで得た発言も盛り込まれ、同業者からするとあるあるネタ満載。
 一人で営業・編集・経理などすべてをこなしている「ひとり出版社」ハーベスト社の章にある、「社長である小林の家計という点では、安定した収入を持つ公務員である配偶者の存在が非常に大きい」という身もフタもない一文が標題のもとだが、揶揄する気は毛頭ない。
 驚いているわけでもない。小林社長が新卒後、最初に入社した出版社であるN社の編集部には、私も出入りしてお世話になったことがある。そこの労働量に見合わない給与に甘んじる編集者たちも、奥さんはかなりの割合で小学校の先生などの公務員だと聞いたことがあるから。そして、私自身はその知識を生かさず、最もチャレンジングな選択をしたので、自分で書いた言葉にダメージを受けているのは自分自身なわけだが、それはまぁいい。
 ここからが本題。
 オビには「知の門衛(ゲートキーパー)たちが直面している『危機』とは?」という惹句が踊るが、4社の創立以来の新刊刊行点数と従業員数のグラフをみると、2000年以降はむしろ安定期である。
 では、いつが本当の危機だったのか? 歴史の長い有斐閣と東京大学出版会は、出版業界が右肩上がりの成長期だったのだろうと思いがちな1970年代に最大の経営危機に直面している。2社とも、そこから一貫して従業員を徐々に減らしていき、現在は最多時の2分の1ほど(有斐閣…1976年 184人 → 2009年 95人、東京大学出版会…1976年 76人 → 2009年 42人)。
 経営面でないとすれば、「危機」とは質の問題なのか?
 著者たちは、新書ブームによって加速された教養書の商品化・俗流化(いわゆるファスト新書の濫造)というよく取りざたされる問題をまな板に載せる。ところが、新書がベストセラーとなりテレビタレント化するような大学人・研究者に似たようなタイプは、日本ではすでに1930年前後には誕生しており、取り立てて目新しいものではないと結論づけるし、欧米の出版社・出版物市場との比較でみえてくるのは、日本の出版社や書店が扱う書籍の多様性とそれを受け入れる分厚い読者層の存在という長所だ。
 複合ポートフォリオ戦略(書籍タイプ別の相対的比率に関する構想)について、新曜社前社長に質問している。
 返ってきた答えは、「そういう計画性は全く無い」。
 読み進めるうちに幾度か遭遇する、この「肩すかしをくらうような感覚」が本書の面白さなのだろう。もちろんほめ言葉である。巻末の「付録1 事例研究の方法」を読むと、著者たちがそのことに自覚的であることがわかる。

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