新撰 淡海木間攫

其の四十二 ふぞろいな鹿角たち

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 山歩きには、景色や花を愛でる、山菜を味わうなど、楽しみがいろいろとある。いささかマニアックではあるが、哺乳類に興味を持つ者にとっては、ニホンジカの落角拾いも楽しみの一つである。
 ご存知のようにニホンジカの角は雄にしかなく、毎年春には根元からはずれて落ち生えかわる。かつて湖東の霊仙山に通っていた頃、この時期にここに行けば角が拾えるという秘密の場所が何カ所かあった。角の長さから持ち主の体重を推定できるなど、標本として活用するのが目的ではあるが、収穫の楽しみもあった気がする。
 ふつう鹿角はどれでも同じ形と思われがちだが、意外やこれが不揃いなのである。太さ長さはもちろんのこと、曲がり具合、分岐している枝角の数や間隔など同じものがない。袋角の時期の傷が原因とも言われるが、頭骨ごと拾った角(落頭というべきか?)でも左右で形がわずかに違っている。闘いの最中にぽっきりと折れたようなものもある。持ち主たちは、他個体に対して見栄えがすれば、不揃いでも問題ないのかもしれない。哺乳類の体は左右対称であるとはいうものの、実際には揃っていることの方が不自然なことなのかもしれない。
 ニホンジカの角は年ごとに落角するものの、加齢とともに大きくなり、枝角の数も増えていく。1、2歳の雄はゴボウに似た一本角をもち、「ゴンボサン」と呼ばれることがある。成獣になると枝角は2本、3本と増えていき4本の枝角となる。さらに歳を重ねると、枝角が四本以上となったり、変形したりすることもある。単純に何歳なら枝角は何本と言えないが、角は時間とともに変化し、ますます不揃いさを増していく。
 一方で落角は哺乳類にとっての大事な栄養源となる。まれに先端が削られた落角を拾うことがある。どうも他の哺乳類がかじった跡のようだ。誰が何のために……なんと犯人はニホンジカご本人のこともあるようだ。半年後に再び立派な角を持つためには、カルシウムの固まりである落角を見逃す手はない。落ちている角を少しずつかじって自分の角を再生する、みごとなリサイクル術といえる。
 落角を見つけるとうれしくてすぐ拾ってしまうが、その前に写真を撮り観察することをすすめしたい。ニホンジカの生活を想像させてくれる静かなひとときを過ごすことができる。これも山歩きの楽しみの一つといえるかもしれない。

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