新撰 淡海木間攫

其の六 クセノキプリスの咽頭歯

咽頭歯

 クセノキプリス、舌をかみそうな、聞いたことがない言葉です。これは、あるコイ科魚類の名前です。日本にはいない魚ですが、中国ではふつうに見られる魚です。この魚は、今の琵琶湖には見られませんが、古琵琶湖の時代(鮮新・更新世:500万年前から)やそれ以前(中新世:2500万年~500万年前)の日本列島では、淡水魚類相の中心的な存在でした。この魚がどうして日本列島や琵琶湖から滅んでしまったのだろうか、いろいろ考えてみました。

クセノキプリス この魚は、顎や歯が変わっています。下顎が短く、口が下について、口の縁が爪のように硬く角質化しています。この口で、水底の苔を剥がしとります。そして、何本も並んだ薄い咽頭歯ですり潰します。この魚は、浅い湖やゆっくりと流れる大河に適応しています。この魚は、前期中新世という時代に、ユーラシア大陸の東の縁に沿ってできた地溝帯(大地の裂け目)の湖で、誕生しました。この湖は将来、日本海になる湖でした。それ以来、日本列島の淡水系は、大陸的な環境が続いていました。古琵琶湖は、今の琵琶湖のように深い湖ではありません。どちらかというと、雨季には水位がm近く上昇し、そこらじゅうが湖のようになり、乾季には湖が小さく小さくなりました。

 それが、琵琶湖が誕生する万年前頃から、山地の隆起と盆地の沈降が激しくなりました。琵琶湖は、広く深い湖になってゆきます。琵琶湖の兄弟の湖であった、瀬戸内の湖沼群は、内海になったり、陸地になって消えてゆきます。河川は、短く急流になりました。このような淡水の環境では、同じような食性をもつアユが、幅をきかせてきました。その結果、クセノキプリイスは日本列島から姿を消したのです。

 それが今までの私の考えでした。しかし、この魚が琵琶湖にすんでいたことが明らかになったのです。今から約5000年前の縄文時代の貝塚の中から、この魚の咽頭歯を見つけたのです。この魚は、地殻の変動による環境の激変やアユとの闘いに生き残り、つい最近まで琵琶湖に生息していたのです。この魚は、縄文時代以降の人類の活動、沿岸域の環境の改変などによって絶滅したのではないでしょうか。

A展示室総括学芸員 中島 経夫

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