新撰 淡海木間攫

其の五十一 江若鉄道沿線名勝案内

高島市教育委員会事務局文化財課 山本晃子

「江若鉄道沿線名勝案内」(部分、高島市蔵)


 大正10年(1921)3月15日、大津市内の三井寺下~叡山間で営業を開始した江若鉄道は、その名が示すとおり、近江と若狭をつなぐ鉄道となることを目指して、路線を徐々に北へ延ばしていった。沿線住民から株主を募り、資金繰りをしながらの工事ではあったが、大正12年4月には叡山~雄琴間、12月には雄琴~堅田間、13年4月には堅田~和邇間、15年4月には和邇~近江木戸間、8月には近江木戸~雄松間、昭和2年4月には雄松~北小松間、12月には北小松~大溝間、昭和4年6月には大溝~安曇間、そして昭和6年1月には安曇~近江今津間と延伸し、新しく駅が開業するたび、その周辺では、地元住民らによる開通祝賀行事が繰り広げられた。湖西地方に初めて走る鉄道を、地域住民が大きな期待と喜びで迎え入れたことは想像に難くない。
 そうした沿線住民の歓迎ムードにあわせて、会社側が力を入れたのが観光を目的とした乗客の増加をはかることで、そのため沿線の史跡や名勝を紹介する数種類のパンフレットが作られた。滋賀県一円には言うまでもなく多くの風光明美な名勝地等があるが、鉄道の通っていなかった湖西地方のそれは、これまで他地域にくらべて紹介されることも少なかったであろう。
 江若鉄道株式会社が作成した沿線名勝案内パンフレットは、カラー刷りの鳥瞰図的な地図に路線と駅名をおとし、裏面には史跡・名勝の案内文章が記されたものである。同様の形式のものが、路線の延長のたびに発行されたようで、発行年の古いものから順に見比べてみると、路線が延伸されていった様子がよくわかる。
 今回紹介しているものは、昭和12年の省営バス(国営バス)若江線の開通を記念して江若鉄道が発行した沿線名勝案内で、すでに鉄道の全線は開通している時期のものである。パンフレットには江若鉄道の路線だけでなく、乗り継ぎのできる京阪・国鉄線、さらに福井県を含めた地図が掲載されており、このときに近江今津駅から小浜までのバス路線が開通したことにより、近江と若狭をつなぐ江若鉄道の当初の計画が実現したと考えられたことがわかる。
 沿線の名勝としては、大正末に創設された安曇駅近くの藤樹神社や、昭和初期に賑わった近江今津駅近くの饗庭野スキー場などが紹介されており、この時期の町の様相を伝える貴重な資料にもなっている。

新撰 淡海木間攫 | 一覧

ページの上部へ