2013年 9月 29日

パール・イズ・マイ・ベストフレンド――山田篤美著『真珠の世界史 富と野望の五千年』

 9月8日(日)付けの中日新聞書評欄で、酒井順子さんが「水辺」をテーマに書かれた本3冊をとりあげ、「個人的好みを言うならば、私は海水派ではなく淡水派」だが、「湖沼は地味な存在感で、あまりスポットライトがあたりません」と書いている。
 売れっ子エッセイストにこう書かれると何だか通好みな感じがするけれど、要するに商売にならないらしい「淡水派」。
 私も「淡水派」だが、選択の結果ではなく、地理的条件のためである。滋賀県だもの。
 以前、海でなく湖や川における蒸気船という存在について書いたことがあったが、「淡水○○」「湖沼の○○」が自然と気になる。
 なので、例えば、兵庫県立美術館が昨年催した展覧会のタイトルが「パール 海の宝石」だと、不当表示という言葉はおおげさだろうが、真珠はすべて海産かのような誤解を与えるからやめていただきたいと思う。この展覧会自体は、アラビア湾に面したカタールと日本の国交樹立40周年を記念したものだそうだから、こんな表現になったのだろうが、それなら「アラビア湾の宝石」とか地域を限定すればよいはずだ。
 8月に出た山田篤美著『真珠の世界史 富と野望の五千年』(中公新書)を手にとったのは、もっぱら「淡水真珠」の扱いを知りたかったから。
 さて、読んだ結果、中国の長江、アメリカのミシシッピ川、そして琵琶湖の淡水真珠についてもきわめてバランスよく紹介されており満足。淡水真珠に限らず、真珠にまつわるトリビア(血なまぐさいものも含めて)いっぱいで、つけた付箋でかなり本がふくらんだ。
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  偶然だが、先日、ハワード・ホークス監督『紳士は金髪がお好き』(1953年)をひさしぶりに観なおした。マリリン・モンロー演じる主人公の踊り子ローレライは、フランスへ向かう客船で乗り合わせた南アフリカ第二のダイヤ鉱山を所有している大富豪の妻が持っているダイヤのちりばめられたティアラに目を輝かせ、ステージで「Diamonds Are A Girl’s Best Friend(ダイヤは女の一番の友達)」と歌う。
 そんな彼女も、実生活ではダイヤ一筋というわけではなかったらしい。
 本書には、1954年(公開の翌年)、新婚旅行で来日したモンローが、大リーガーである夫ジョー・ディマジオに銀座の御木本で買ってもらった真珠のネックレスをつけて取材陣の前に現れた時の写真が掲載されている。
 もっと「世界史」らしい規模にも話は及ぶ。
 大航海時代、真珠ブームに沸くヨーロッパで、ポルトガルはアラビアとインドの真珠産地に交易の拠点を置いた。宣教師フランシスコ・ザビエルが日本にやってくる前、インド・ゴアでの任務は真珠採りをする漁夫への布教だった。その後、彼が上陸した鹿児島はアコヤガイの産地、すでに11~12世紀から高麗との貿易に天然真珠を用いていた地である。ザビエルに後を託されたコスメ・デ・トーレスが拠点としたのも、やはり真珠産地の大村湾を擁する西彼杵(にしそのぎ)半島(長崎県)。
 日本も含めて、世界は真珠で回っていたらしい。
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 これまであまり注目されてこなかった日本史に関わる事実として、『魏志倭人伝』には「真珠(もしくは白珠)」の語が3回登場する。
 以下、本書の記述を簡略にしてまとめると、
1. 倭の地(日本)は真珠を産する。
2. 魏の皇帝が卑弥呼に与えた下賜品には、「真珠五十斤」が含まれている。
3. 卑弥呼の後を継いだ壱与(いよ)は魏に使節を送り、「白珠五千孔」を献上した。
 著者は、2の「真珠五十斤」は当時の中国で産した淡水真珠(現在の重さでいえば約11kg)、3の「白珠五千孔」は糸通しの穴をあけたアコヤ真珠5000個だと推測している。
 これは、邪馬台国の所在地をめぐる論争にも一石を投じるものなわけで、アコヤガイを含む貝塚の出土数や奈良時代の風土記にみられる真珠産地の記述などからすると、九州説に分があるということになる。
 滋賀県守山市の伊勢遺跡を邪馬台国だとする邪馬台国近江説というのもあって、こちらは畿内(奈良)説以上に分が悪くなるのかな。淡水真珠がとれる琵琶湖のある近江に存在したのなら、淡水真珠をもらって、海産真珠をあげるというのは、理屈に合わない。
 当時の真珠の使い道は、墓の副葬品。死者の口に真珠を含ませる風習が、古墳を築くような日本の支配階級でも広く行われていた。卑弥呼の遺体にも真珠がそえられた可能性はおおいにある。溶けてなくなるまで彼女によりそったのは真珠。
「パール・イズ・マイ・ベストフレンド」 ヒミコ
 いや、そんな意味のことを言ったなんていう記録はどこにもないわけだが。前述のとおり、パールは中国産淡水真珠。現代の中国産養殖淡水真珠と琵琶湖(正確には周辺の内湖)の養殖淡水真珠の関係については本書を参照。

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