新撰 淡海木間攫

新撰淡海木間攫 其の七十 ローリエの枝 ルネ・ラリック

成田美術館 副館長 成田充代

 1921年にシールペルデュ(蠟型鋳造)で制作されたこの花瓶は、ちょうど手のひらに収まる大きさで、一見シンプルな小品にも見えますが、手には天然石のようなあたたかな感触が伝わります。裾文様にやわらかに溜まった光が木漏れ日のようにきらめきローリエ(月桂樹)の葉に生命感が溢れ、シャンパーニュの風にそよぐ葉音が聞こえてくる感覚にとらわれます。当代一流の蒐集家を感嘆させた才能の懐の深さを感じさせられる一点です。眼と手で愛でるオブジェ・ダールの喜びを知り尽くしたコレクターのための逸品と言われています。
 この作品は、19世紀末から20世紀初頭にフランスで活躍し、エミール・ガレ、ドーム兄弟と並びガラス工芸家の中で五本の指に入ると言われているルネ・ラリック(1860〜1945)の作品です。
 フランスの北東部シャンパーニュ地方(マルヌ県)アイに生まれたルネ・ラリック、彼が生を受け母の故郷であるこの地は、シャンパン(シャンパーニュ)の産地として知られ、丘陵に見渡す限りブドウ畑が広がる自然豊かな村でした。パリに居を構える一家は、しばしば母の郷里を訪れ休暇を楽しんだと言われています。
 フランス、シャンパーニュの恵まれた自然の中で幼少期を過ごし、豊かな感性を育んだルネ・ラリックは、アール・ヌーヴォー期には宝飾作家、アール・デコ期にはガラス工芸作家として二つの異なる分野で頂点を極めた人物として知られています。時代の流れ、芸術の分野が変わっても、「自然」は彼の生涯のテーマでした。ラリックの作品には、その頃出会った自然界のモチーフが数多く登場します。
 彼の愛した「自然」、この作品をご覧いただきながら永遠のテーマとして自然とその神秘に対する畏敬の念を抱き続けたルネ・ラリックを思いおこしていただければ幸いです。

新撰 淡海木間攫 | 一覧

ページの上部へ