新撰 淡海木間攫

其の五十三 平安ビューティー 西教寺の阿弥陀如来坐像

大津市歴史博物館学芸員 寺島典人

西教寺の阿弥陀如来坐像

撮影:筆者


 日本の歴史をみると、どの時代にもその時代を表す雰囲気や美というものがあります。それをもっとも端的に表しているのが仏像です。我が国には膨大な質量の仏像が現存し、それらをみることで各時代に流行した様式を我々は今感じることができます。今回紹介する大津市坂本の天台真盛宗総本山西教寺の本尊、木造阿弥陀如来坐像(重要文化財)は、その最たる像といえます。
 その顔は丸くぺったりとしていて、肉体も起伏が少なく温和な感じです。着衣もあっさりで、衣文は浅く「さらっ」としています。体の奥行きも少なく平板で、全体的に平面的な印象を与えます。鑿さばきが鋭く、木彫美を強調する平安初期や、躍動的な写実を感じさせる鎌倉初期との狭間で、これらとはまったく違う「ほわぁ~」っとした作風です。
 11世紀中頃から無仏時代の末法の世の中となり、人々は不安だらけの生活を送ります。そんな中、平安貴族はこのような上品で安穏とした作風を愛したのです。まさに平和を夢見た、優美な平安ビューティー。特に極楽浄土の阿弥陀如来は、このようなお姿であるに違いないと彼らは信じたのでしょう。
 本像のすごいところは、飛天と化仏を表した「飛天光背」をも具備しているところです。左右に6体ずつ、計12体配された飛天は、雲と天衣とで形作られた光背のなかに、透かし彫りで浮き上がっています。軽快に楽器を奏でるなど、楽しそうな仕草でやさしくふるまう姿からは、典雅な魅力を感じることができます。また、本尊と同じ姿の「化仏」も12体付属しており、全体としてゴージャスな12世紀の荘厳を体感することができます。
 本像のように丈六の阿弥陀如来像で、平安時代の飛天と化仏を残す例は、全国的に見ても稀有なことです。それぞれ相貌も表情豊かで、かなり技量の高い都の仏師の造像であることをうかがわせます。平安時代の極楽のイメージを、現代の我々にしっかりと伝えてくれているのです。

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